走れ、ほうじ茶2  息子よ、立派になったな
(注:これでも私太宰作品は大好き、な筈です)


それを聞いて聖帝は、残虐な気持で、そっとほくそえんだ。

ふん、生意気なことを言いよるわ。どうせ帰って来ないにきまっている。
この嘘つきに騙された振りして、放してやるのも面白い。
そうして身代りの男を、三日目に殺してやるのも気味がいい。
人など、愛などこれだから信じられぬと、
俺は悲しい顔して、その身代りの男を磔刑に処してやるのだ。
世の中の、仁義者とかいう奴輩にうんと見せつけてやりたいものさ。



「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。
おくれたら、その身代りを、きっと殺すぞ。ちょっとおくれて来るがいい。
おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ。」

「なに、何をおっしゃる。」

「はは。いのちが大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ。」

シュウは口惜しく、地団駄踏んだ。ものも言いたくなくなった。


竹馬の友、レイは、深夜、聖帝城に召された。

暴君サウザーの面前で、佳き友と佳き友は、十年ぶりで相逢うた。
シュウは、友に一切の事情を語った。
義の男、レイは無言で頷き、シュウをひしと抱きしめた。

友と友の間は、それでよかった。


レイは、縄打たれた。
シュウは、すぐに出発した。初夏、満天の星である。


シュウはその夜、一睡もせず十里の路を急ぎに急いで、
村へ到着したのは、翌(あく)る日の午前、陽は既に高く昇って、
村人たちは野に出て仕事をはじめていた。

シュウの息子も、きょうは父の代りに幼い子供の世話をしていた。
よろめいて歩いて来る父の、疲労困憊の姿を見つけて驚いた。
そうして、うるさく父に質問を浴びせた。

「なんでも無い。」シュウは無理に笑おうと努めた。

「市に用事を残して来た。またすぐ市に行かなければならぬ。
あす、おまえの入学式を挙げる。早いほうがよかろう。」

息子は頬をあからめた。

「うれしいか。綺麗なランドセルも買って来た。
さあ、これから行って、村の人たちに知らせて来い。入学式は、あすだと。」

シュウは、また、よろよろと歩き出し、家へ帰って、ハンカチ、ちり紙を用意し、
間もなく床に倒れ伏し、呼吸もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった。


眼が覚めたのは夜だった。シュウは起きてすぐ、校長の家を訪れた。

そうして、少し事情があるから、入学式を明日にしてくれ、と頼んだ。

校長のでかいババアは驚き、
それはいけない、こちらには未だ何の仕度も出来ていない。
給食の準備が出来るまで待ってくれ、と答えた。
シュウは、待つことは出来ぬ、どうか明日にしてくれ給え、と更に押してたのんだ。
でかいババアも頑強であった。なかなか承諾してくれない。

夜明けまで議論をつづけて、やっと、ババアが欲しがっていた
なんとか還元水(500万相当。松○さんご推薦)を小学校に寄付すること
でどうにかなだめ、説き伏せた。


入学式は、真昼に行われた。
新入生の宣誓が済んだころ、黒雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が降り出し、
やがて車軸を流すような大雨となった。

入学式に列席していた村人たちは、何か不吉なものを感じたが、
それでも、めいめい気持を引きたて、狭い小学校の体育館で、
むんむん蒸し暑いのもこらえ、陽気に君が代を斉唱し、
友達百人できるかな♪の歌を歌った。


シュウも、満面に喜色を湛え、しばらくは、聖帝とのあの約束をさえ忘れていた。
祝宴は、夜に入っていよいよ乱れ華やかになり、人々は、外の豪雨を全く気にしなくなった。

シュウは、一生このままここにいたい、と思った。
この佳い人たちと生涯暮して行きたいと願ったが、
いまは、自分のからだで、自分のものでは無い。

ままならぬ事である。

シュウは、わが身に鞭打ち、ついに出発を決意した。


あすの日没までには、まだ十分の時が在る。
ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。

その頃には、雨も小降りになっていよう。
少しでも永くこの家に愚図愚図とどまっていたかった。
シュウほどの男にも、やはり未練の情というものは在る。


今宵呆然、歓喜に酔っているらしい息子に近寄り、

「おめでとう。私は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。
眼が覚めたら、すぐに市に出かける。大切な用事があるのだ。
私がいなくても、もうおまえには優しい同級生があるのだから、決して寂しい事は無い。
おまえの父の、一ばんきらいなものは、人を疑う事と、それから、嘘をつく事だ。
おまえも、それは、知っているね。友との間に、どんな秘密でも作ってはならぬ。
おまえに言いたいのは、それだけだ。おまえの父は、たぶん偉い男なのだから、
おまえもその誇りを持っていろ。」

息子は、夢見心地でうなずいた。


シュウは、それから息子の同級生達の肩をたたいて、

「私の家の宝といっては、息子と拳法だけだ。他には、何も無い。全部あげよう。
もう一つ、息子の同級生になったことを誇ってくれ。」

同級生はもみ手して、てれていた。


シュウは笑って村人たちにも会釈して、宴席から立ち去り、死んだように深く眠った。

 

…かなり原文そのままです。すみません


続く