走れ、ほうじ茶1.怒りのシュウ
(注:これでも私太宰作品は大好き、な筈です)
シュウは激怒した。
必ず、かの邪智暴虐の聖帝を除かなければならぬと決意した。
シュウには政治がわからぬ。
シュウは、村の保育士である。
華麗なる足技ダンスを披露しつつ、子供と遊んで暮して来た。
けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
きょう未明シュウは村を出発し、野を越え山越え、
十里はなれたこの聖帝の市にやって来た。
シュウには父も、母も無い。女房も今は無い。内気な息子、シバと二人暮しだ。
この息子は、村の小学校に、近々、入学する予定であった。
入学式も間近かなのである。
シュウは、それゆえ、入学式の準備やランドセルやらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。
先ず、その品々を買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩いた。
シュウには(自称)親友があった。
レイである。今は此の聖帝の市で、ホストをしている。
その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。
久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。
歩いているうちにシュウは、まちの様子を怪しく思った。
ひっそりしている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、
けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけに寂しい。
のんきなシュウも、だんだん不安になって来た。
路で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、二年まえにこの市に来たときは、
夜でも皆が歌をうたって、まちは賑やかであった筈だが、と質問した。
若い衆は、首を振って答えなかった。
しばらく歩いて老爺に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。
老爺は答えなかった。
シュウは両手で老爺のからだをゆすぶって、最後に蹴りの体勢を作ると、
観念したのか老爺は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
「聖帝様は、人を殺します。」
「なぜ殺すのだ。」
「愛など信じぬ、というのですが、誰もそんな聖帝様に対して
愛など持っては居りませぬ。(←ひでえ)」
「たくさんの人を殺したのか。」
「はい、はじめは聖帝様のお師匠さまを。それから、御自身の部下たちを。
それから、多くのモヒカンたちを。それから、賢臣のリゾ様を。(←ごめんリゾ)」
「おどろいた。聖帝は乱心か。」
「いいえ、乱心ではございませぬ。愛を信じることが出来ぬ、というのです。
このごろは、無垢な子供の心をもお疑いになり、
子供を持つ家庭に、人質ひとりずつ差し出すことを命じて居ります。
そうして何故かピラミッドを築いてらっしゃるのです。
命令を拒めば胸を十字に切り裂かれ、殺されます。きょうは、六人殺されました。」
聞いて、シュウは激怒した。
「呆れた聖帝だ。生かして置けぬ。」
シュウは、単純な男であった。
買い物を背負ったままで、のそのそ聖帝城にはいって行った。
たちまち彼は、巡邏の警吏に捕縛された。
調べられて、シュウの靴が『キック増強シューズ(by コ○ン)』であったことが判明し、
騒ぎが大きくなってしまった。
シュウは、聖帝の前に引き出された。
「このシューズで誰を蹴るつもりだったのだ。言え!」
聖帝サウザーは静かに、けれども威厳をもって問いつめた。
「市を暴君の手から救うのだ。」とシュウは悪びれずに答えた。
「おまえがか?」聖帝は、憫笑した。
「仕方の無いやつだ。おまえには、俺の孤独がわからぬ。」
「言うな!」とシュウは、いきり立って反駁した。
「人の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。聖帝は、子供の純粋さでさえ疑って居られる。」
「疑うのが、正当の心構えなのだと、俺に教えてくれたのは、おまえたちだ。
こんなに苦しいなら、愛などいらぬ。愛など信じては、ならぬ。」
暴君は落着いて呟き、ほっと溜息をついた。
「俺とて、平和を望んでいるのだが。」
「なんの為の平和だ。師匠の墓を建てる為か。」
こんどはシュウが嘲笑した。
「罪の無い人を殺して、何が平和だ。」
「だまれ、下賤の者。」聖帝は、さっと顔を挙げて報いた。
「口では、どんな清らかな事でも言える。俺には、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。
おまえだって、いまに、十字稜の礎になってから、泣いて詫びたって聞かぬぞ。」
「ああ、聖帝はりこうだ。自惚れているがよい。
私は、ちゃんと死ぬる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――」
と言いかけて、シュウは足もとに視線を落し瞬時ためらい、
「ただ、私に情をかけたいつもりなら、処刑までに三日間の日限を与えて下さい。
たった一人の息子の、入学式に参加してやりたいのです。
三日のうちに、私は村で入学式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます。」
「フン、ばかな。」と暴君は、しわがれた声で低く笑った。
「とんでもない嘘を言うわ。逃がした鷺(サギ)が帰って来るというのか。
白鷺拳伝承者だけに詐欺を働こうというのか。」
自らのオヤジギャグに自分でウケつつ、鼻でシュウを笑う。
「そうです。帰って来るのです。」シュウは必死で言い張った。
「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許して下さい。
息子が、私の帰りを待っているのだ。
そんなに私を信じられないならば、
よろしい、この市にレイというホストがいます。
私の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。
私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、
あの友人を絞め殺して下さい。たのむ、そうして下さい。」
続く