5.正直で率直なあり方はあなたを無防備にするだろう。
  それでもなお、正直で率直なあなたでいなさい。 
     
Honesty and frankness make you vulnerable.
      Be honest and frank anyway.



今日は僕たちの父さんが天国に召された日。
皆でお花を飾ろう。
誰よりも高潔で、誰よりも正直で、誰よりも強く、誰よりも優しかった。
僕たちの大好きな父さんのお墓に。



Vol. 5 successors



花びらが風に揺れる。
あの方はこの花が好きだった。
そしてこの花もあの方に似合っていた。

太陽のような花。太陽のようなあの方。



いつかこう聞いてしまったことがある。
「シュウ様は目がお見えにならないのに、どうしてこの花がお好きなんですか?」

隣にいたリセキから、服を引っ張られ。
(あ、しまった!!)
失言に気づき、慌てて口を塞ぐも、時既に遅し。

どうしよう。失礼なことを言ってしまった。

怒られるかな?

と恐る恐る顔を上げると、
そこにはきょとんとしたシュウ様の顔が。
少し考え込まれて、はにかみながらこう仰った。

「さあ、どうしてかな?私自身にも分からないのだが、なぜかこの花がすきなのだよ」

まるで少年のように微笑まれたあの顔は、未だ瞼に焼き付いている。





こうして僕たちは時間を見つけては、野に出てこの花を探した。
僕たちはまだまだ子供で。
周囲の大人たちのようにあの方のお手伝いなんて出来ないから。
少しでも喜んでもらいたくて。
せめてあの方の好きなお花を贈りたかった。
一番大好きなあの方に。


二週間ぶりにアジトに戻られたシュウ様は少し様子がおかしかった。

「おかえりなさい、シュウ様」
迎えに来た僕たちの頭を優しく撫でてくださるその手が少し震えていた。

疲れてらっしゃるのもあるだろうけど、
なんだかとても哀しそうで、
辛そうで。


周りのおじさん達に聞くと、その内の一人が声を潜めて教えてくれた。
シュウ様たちが助けた人の中に聖帝軍のスパイがいて、
偽の情報によりレジスタンス軍が危機に陥ったこと。
何とか聖帝軍は追い払ったけど、
そのスパイは再び聖帝軍の奴らに捕まったということ。
シュウ様は助けようとしたのだけども、結局殺されてしまったということ。
それをシュウ様が悔やんでらっしゃるということ。


そんな。
皆を、シュウ様を、騙したヒト。聖帝の走狗として皆を危ない目に遭わせたヒト。
そんなヤツが死んだって、天罰だ。
そんなヤツの為にシュウ様があんな哀しそうな表情(カオ)をされる事などない。

 

僕達はシュウ様がいつもいらっしゃる部屋へと向かう。
おばさんが渡してくれたスープとあの花を持って。

少し暗い部屋の中に。
シュウ様はいた。
椅子にもたれかかって、どこか切なげに眉を寄せられている。

「・・・シュウ様・・・」
恐る恐る声をかければ、
「おお、どうした。皆揃って?」
返ってくるは優しい微笑み。
「あの・・・。どうかお食事を取られてください。ずっと闘い尽くめだったのでしょう?
 少し休まれてください。それと、コレ。よろしければ・・・」
差し出がましいと思いつつ、スープと花を差し出すと、
ふわりと、僕たちの頭を優しく撫でてくださった。
「ありがとう。この時期に摘んでくるのは大変であっただろう。
 花以上にお前たちの気持ちが私の何よりの休息だよ。」


どこまでも優しい言葉。
でもどこか無理しているような響きが。

依然としてみられる哀しみの表情に。
知らず拳を握り締める。



  哀しい。悔しい。辛い。
   子供であることが。
    何の役にも立てないことが。

    

「シュウ様、気になされないで下さい。」
「そうです。第一、シュウ様を騙すなんてひどいです。」
「シュウ様は弱い人たちの為に一生懸命戦われていると言うのに・・・。聖帝に従うなんて・・・」
「そんな人の死を、シュウ様が気に病むことはありません」

思わず飛び出す、ことば、コトバ、言葉。
シュウ様の苦しみを、悲しみを
少しでも掬い取って差し上げたくて。



でも。

少し驚いた表情のシュウ様は、心もち眉を顰められ、
ゆっくりと、どこか嗜めるように僕たちの名を口にする。
その顔は先ほど以上に悲しみで彩られていた。

「お前たち、私の話を少し聞いてくれるか?」

頷く僕たちにシュウ様は言葉を続ける。

「人には人の理由と言うものはある。
例えば、サリ。
もしもお前の弟が囚われていて、解放の見返りにお前に何かを求めたとする。
お前ならどうする?」


そんな・・・。

何もいえなかった。
僕の弟、たった一人の。父を、母を失った僕にとっての唯一の家族。

そうなった時に、
一体僕はどうすればよいのだろう。
一体僕は何ができることが出来るのだろう。

どうしよう。僕はどうすれば良いのだろう。僕はどうするのだろう。


唇をかみ締め、俯く僕にシュウ様は、

「辛いことを聞いたな・・・。すまなかった。」
と優しく、僕の背中を撫でてくださった。


暫しの沈黙がその場を支配した。

落ち込む僕たちにシュウ様は声をかけられた。
今は亡き父のように、母のように。とても優しく。


「サリ、そして
皆。
お前達が今感じているその気持ちを大切にしなさい。」

すっかり日が落ちて、暗くなった部屋にシュウ様の声だけが響く。

「もしかすると彼には彼の、やんごとない事情があったのかも知れぬ。
最愛の人が、家族が。人質に囚われていたのかも知れぬ。
それを聖帝軍に利用されたのかも知れぬ。

物事を一方向からだけで捉えてはいけない。
一方的な視点で、伝聞で、一時の感情で、
人を、死者を批判してはいけない。
何より、そんなことでお前たちの中にある優しさを傷つけはいけない。
自分のことだけでなく。人の立場にたって物事を見ること。
人への思いやり。慈しみの気持ち。情けをかける心。
それを忘れてはいけないよ。」

シュウ様の大きい、暖かい手が順々に僕たちの頭を撫でる。

「広い目と大きな心を養いなさい。
他人の為だけではない、己の為に。
我が子供たちよ


僕達は涙を抑えることが出来なかった。


シュウ様の仰ってることは難しくて、少し判らなかったけど
とても、大切なことを教えていただいたことだけは分かった。


僕達は子供だった。悲しいくらい何も判らぬ子供だった。
あの方の真の悲しみを理解しないまま。
あの瞬間、シュウ様を悲しませてしまったのは僕たちだった。

周りのおじさんたちががこう言ってたのを聞いたことがある。
シュウ様は優しすぎる、素直すぎる、人が良すぎると。
あれでは狡猾な聖帝に歯が立たない、と。

かつて頷いた時もあった。
シュウ様の優しさにもどかしさを感じたときもあった。


でも。
今は。

そんなシュウ様だからこそ、僕たちはシュウ様が大好きなんだ。
そんなシュウ様だからこそ、シュウ様だったんだ。


シュウ様、いいえ、父さん。

僕達は、貴方を誇りに思っています。
誰よりも優しく、誰よりも不器用で、誰よりも高潔な貴方を。
死に際しても、
誰も、そう敵であった聖帝軍ですら、憎むことなく、怨むことなく逝った貴方を。

父さんが自らの信念を貫いたように、
僕たちも精一杯この世界で生きていきます。
貴方が教えてくれたことばを胸に。


だから。父さん。

心配せずに。

どうか。

安らかに。

眠ってください。

 

数人の男女が去った墓の前。
柔らかな日差しの下で、ガサニアの花が美しく照らされていた。










ガザニアの花言葉は
「あなたを誇りに思う、潔白」





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