2.何か良いことをすれば、隠された利己的な動機があるはずだと
人に責められるだろう。
  それでもなお、良いことをしなさい。 
  
If you do good, people will accuse you of selfish ulterior motives.
Do good anyway.


あれから数年の月日が経った。
悪行から足を洗い、昔の仲間から離れたワシは、とある村で世話になっていた。

Vol.2  Repenter



「出来ればこの村で、しばらく働かせてもらえんかな?」

ワシのその申し出に。
村の責任者の顔は、赤くなり、青くなり、黒くなり、そして白くなった。
面白いと思ったのは不謹慎だったか。


初めは決してワシに近づこうとせず、だが離れたところから警戒していた村人たち。
しかし最近はめっきり気を許してくれたようだ。
畑に向かう道すがら、与えられる優しい声、声、声。

「あーあ。あんたまたニワトリ逃がしちまったらしいなあ。
しょうがね−な。もうちょっと頑丈な檻を俺が作ってやるよ。」
「おお、ちょうどいい。屋根に引っかかった洗濯物取ってくれねーか?
おー、有難う。流石だねー。助かったよ」
「よぉ、調子はどうだい?きちんと食べてるか?
なんてったって、そのなりだ。人の二倍、いや三倍食わねーと、もたねーんじゃねーの?
後で野菜取りにきな。お裾分けだ。親戚から送ってきたイモだ。うめーぜ?」

何気ない彼らの言葉が嬉しい。心地よい。


そして。

「フドウのおじさーん。今日は僕を背中に乗っけてね」
「あ、ずるいぞ。俺が先だろー!!」
「私もー。私も乗るのー。」

野良仕事の合間に、今日も子供たちが遊んでくれと押しかけてきた。
ワシの姿を見た時、ガン泣きしていた事を思うと、大いなる進展だ。

初めは戸惑ったものだったが、無邪気な子供達に懐かれるのは正直嬉しかった。


以前の荒んだ世界と180度違う生活。

この手が掴むは。人を傷つける刀ではなく、大地を耕す為の鍬。
鼻につくは。建物が焼ける悪臭でなく、耕された土のにおい。
目に映るは。飛び散るどす黒い血でなく、豊かに実る稲穂の黄金色。
聞こえるは。人々の絶叫ではなく、子供たちの笑い声。

全てが新鮮で。大切で。心地よくて。

何時までもこの時間が続けばよいと。

願っていた。

心から。





しかし。

「こーんなところにいやがったのか。」

畑で採れたささやかな収穫を肩に、家路に向かうワシに。
下卑た声が襲い掛かる。


全身が硬直し、
一気に周囲の風景がモノトーンとなった。


「まさか、鬼とも呼ばれたあんたが、こんな片田舎で野良仕事とはねぇ。
散々探しまくったが見つからねぇ訳だぜ。」
「お釈迦様でも気がつくまいってやつかぁ?」

ひひひひひ

吐き気を催す笑い声。

「なんのようだ。ワシはもう身を引いたのだ。放っておいてくれ。」

「何を言ってんだよ、冗談にしても笑えねーぜ?」

間髪いれず返事が来た。

ため息をつきつつ、肩から籠を降ろす。
どうやら早々に立ち去って欲しいと言うワシの願いを叶えるつもりは毛頭ないらしい。

案の定奴らは言葉を続ける。おもねるような、それでいて甚振る様な口調で。

「こんな田舎でくすぶっているようなお方じゃねーだろ?あんたは。」
「それとも何か。この村のゴミどもを油断させておいて、一気に襲うつもりか?」
「おいおい、フドウ様ともあろうヒトがそこまでするような稼ぎ場かよ。」
「碌な稼ぎは見込めねーんじゃねーの〜?」

どっと笑いが起こる。

ああ、五月蝿い。耳障りだ。

「そんなつもりはない。ワシはただ戦いに倦んだだけだ。
この平和な生活を、人を、周囲にいる幸せを、小さな命を守りたいだけだ。」


「ハッ!!!!」

一番初めに話しかけてきた男、恐らくチームのリーダーだろう。
ワシの言葉を鼻で笑うと、
収穫した野菜−サツマイモだったが−に向けて、べっ、と唾を吐き出した。

「ぬるいことをぬかしてくれるもんだな。今更善人ぶってんじゃねーよ。
いくらいいヒトぶっても、所詮テメーは人じゃねえ、鬼だ。
どんなに偽っても、足掻いても、テメーは所詮人殺しの悪党なんだよ。」


・・・

何も言えなかった。それはまごうことない事実であったから。

己が非を認め、どんなに善行を積んでも、過去を悔いても。
過去は戻せない、隠せない、偽れない。
ワシが殺めた無数の命が戻ることがないように。

過ぎ去った日々は変えることが出来ないのだ。



「はっ!平和とやらにボケちまいやがって。腑抜けたもんだな、鬼のフドウ」

蔑むようにワシを睨む男。

「なんならテメーの側にいた五月蝿いガキ共。
一人一人、血祭りにあげてやろうか?殺しの楽しさを、あの興奮を、快感を・・・」


「思い出させてやるぜ?」

   ニヤリと口元を醜く歪ませる男。


「いっその事皆殺しにしようぜ」

   同調して囃したてる下衆ども。



 一瞬、目の前が赤くなり。
気づけば、目の前の男の首を掴み、頭上に持ち上げていた。


ギリリ

吊るされた男は必死に手や足を動かすが、ばたばたと空しい音を奏でるだけ。
首を掴む腕を微塵にも動かすことは出来ない。
目の焦点が徐々に合わなくなり、身体が痙攣し始めた時。

どさり

手を放され、地面に身を衝突させた。


「げほっ、げほっ!!!」

激しく咳き込み喉を押さえる男と、硬直したまま動かない奴らに、一瞥を与えると。

低い声で、一言。

「うせろ。そして二度とワシの前に姿を現すな。」


圧倒的なオーラがその場を包む。



その場にいた者は確信した。
この修羅は昔の鬼ではないこと。
今すぐにこの場を立ち去らなければ、次の瞬間黄泉の扉を叩くのは自分たちということ。
次に自分たちの姿を見たら、警告無しで地獄に送り込まれるということを。



慌ててその場を逃げ出す連中。

「偽善者が!!」

吐き捨てられた捨て台詞が、耳に残った。


そう、ワシはこれまでに数多くの罪を犯してきた。
その罪は決して赦される事はない、これからも、ずっと。


だが。


わしは決めたのだ。
過去は変わらない。罪は消えない。理解っている。
だから。
未来を歩もうと、守ろうと。

あの少女に出会った時にそう誓ったのだ。
誰にでもない、ワシ自身の心に。ワシの魂に。


もう過去を悔いるようなことはしまい。


「なにしているの、フドウおじさん。そんなトコにつったってー。」
「とーちゃんが、イモ取りに来いって言ってるよー。」
「早くおいでよ。もう日も暮れちゃうよー。」

遠くから聞こえる子供たちの声に。

背をかがめて籠を再び肩にかけると、足を向けた。

 
自らの進む道へと。 






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