10.世界のために最善を尽くしても、その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。
  それでもなお、世界のために最善を尽くしなさい。

9.人が本当に助けを必要としていても、
  実際に助けの手を差し伸べると攻撃されるかもしれない。
   それでもなお、人を助けなさい。

8.何年もかけて築いたものが一夜にして崩れ去るかもしれない。
  それでもなお、築きあげなさい。

7.人は弱者をひいきにはするが、勝者の後にしかついていかない。
  それでもなお、弱者のために戦いなさい。

6.最大の考えをもった最も大きな男女は、最小の心をもった最も小さな男女によって
  撃ち落されるかもしれない。
   それでもなお、大きな考えをもちなさい。

5.正直で率直なあり方はあなたを無防備にするだろう。
  それでもなお、正直で率直なあなたでいなさい。

4.今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。
  それでもなお、良いことをしなさい。

3.成功すれば、うその友だちと本物の敵を得ることになる。
  それでもなお、成功しなさい。

2.何か良いことをすれば、隠された利己的な動機があるはずだと人に責められるだろう。
  それでもなお、良いことをしなさい。

1.人は弱く、おろかで、利己的な存在だ。それでもなお、人を愛しなさい。
     
People are illogical, unreasonable, and self-centered.
     Love them anyway.


 「おい、ばばあ、悔しくねえのかよ。」


夜もすっかり更け、子供たちの穏やかな寝息だけが聞こえていた。

僅かな炎の光で繕い物をしていたトヨは針を針山に収め、
目頭を軽く押さえたその時。

背後からその声が。

振り向くとそこにはふくれっつらをしたバットがいた。




逆説の十か条 Vol.1   「それでもなお、人を愛しなさい





「なんだい、この子は。こんな時間まで起きて。」

「悔しくねーかって聞いてんだよ。」

「一体何のことかね。」

よっこらしょっと腰を上げ、火元の始末をすべくその場を離れようとする、が。

進路を遮るバット。
その目には怒りの炎が宿っていた。

「誤魔化すなよ。解ってんだろ?昼間の連中のことだよ!!!」

「・・・大きな声出すんじゃないよ、皆が起きるだろ」

渋々口を塞ぐバット。


トヨは子供たちの様子を伺ったが、どうやら誰も目を覚ます気配はない。
当然だろう。今日までずっと一生懸命皆で頑張ってきたのだ。
朝から晩まで。
全身を土だらけにして。
手をマメだらけにして。


そう。
ここ数ヶ月の苦労が遂に報われたのは今日の朝方のことだった。



「水が出たぜー!!」と満面に笑みを浮かべて周囲を飛び回るバット。
小さな手で水を掬い、かけあいっこする子供たち。

滾々と湧き出る水は、朝の太陽に反射して宝石のように輝いた。

トヨは少し離れた場所からその光景を眺めていた。
とんとん、と腰を叩きながら。

辺りには笑い声だけが響いていた・・・。







しかし。



「なんだよ、何の用だよ。あんたら!!」

日も西に傾きだした時。

バットの怒鳴り声が聞こえた。
見れば、今にも噛み付きそうな顔をしたバット。
後ろにいる子供たちの表情も強張っている。

正面には。


どこか歪んだ、奇妙な表情の村人たちの姿があった。


「あいつら今まで散々俺たちをバカにしてきやがって。
そんなトコ掘っても水なんかでねー、時間の無駄だって、野次ってさ。
あまつさえ嫌がらせまでしやがったんだぜ。
それが水が出たと知ったら、くるっと態度変えやがって。
サイテーな奴らだぜ。卑怯者だよ。
なのになんであんな奴らに折角の水をくれちまうんだよ!!!
・・・俺らの今までの努力はなんなんだよ!
不公平だよ。ずりーよ。
何もしてない奴らがいきなり横からいいトコだけ取ってくなんて!!」

しーっと指を口に当てると、再び声を潜めるバット。
しかし目にははっきりとした怒りの炎が。


全く、この子は。

ごまかしが効かないことを悟ったトヨは、そこに座れと指で指示する。
荒々しい仕草で腰を落とすバット。

ああ、こりゃ完全に怒ってるね。無理もないけど・・・。
こちとら疲れてんだから、もう休みたいのにねえ。

内心、深いため息をつくと、バットの目を正面から見据えた。

「・・・バット、よくお聞き。
人は弱いし、卑怯だし、変節漢なところはあるさ。
人だけじゃない。この世界もそう。不公平な、不条理なものだよ。」



「どんなに最善を尽くしても、見返りは還ってこないかもしれない。
他人に助けの手を差し伸べても、報われないかもしれない
創り上げたものが、次の瞬間崩れ去るかもしれない。
口では奇麗事吐きながら、弱者のために動かないやつもいるだろう。
大きな思いを抱いていても、貶められるかもしれない。
正直者が損をするかもしれない。
善い事をしても明日には忘れられていることもある。
成功すれば、その恩恵にあやかろうとするハイエナが寄ってくるだろう。
良いことをしても偽善者と罵られることもある。
そして。
人は弱く、おろかで、利己的な存在だ。」



 決して広くない部屋に。
 ばあさんの言葉が響き渡る。
 静かに。穏やかに。


 「それでも。」
 
  「それが。それこそが。」


    「人間なんだよ。
      私たちなんだよ。
       生きているこの世界の有り様なんだよ。」



見たことのないばばあの真剣な眼差し。
その瞳の奥には、優しい光が宿っていた。


愛おしささえ感じさせる口ぶりで、トヨはゆっくりと続ける。



「人が人であるが故に。
私たちはこの世を生きている限り。

憎しみ、悲しみ、裏切られ、失望し、絶望するけれども。
赦し、笑い、信頼し、希望を持ち、明日に向かっていかないといけないのだよ。

 人を、世界を、愛さないといけないのだよ。


それが生きるって事だよ。」


「・・・・・・・。」

ばばあの目が、口調が、表情が。
あんまり真剣だったから。

俺は何も言えなかった。否、言うべき言葉を見つけれなかった。



黙りこくってる俺の顔を覗き込むと、

にまあ

質の良くない微笑がばばあの顔に浮かぶ。

「まぁ、お前みたいなガキンチョにはまだ分からないだろうけどね。
オシメもとれてないようなお子ちゃまには難しい話だったね。」

くしゃくしゃっと俺の髪を乱すばばあの皺くちゃの手。

「知恵熱出さないうちに、さっさと寝な、この不良息子が。」

「なっ!!?こんの、くそばばあ!!」



憤る俺にヒラヒラ手を振ると、

「さっさと寝た寝た。明日も早いよ。きりきり働いてもらうよ。」
有難い言葉が降って来た。

「うっせぇー。テメーもさっさと寝ろよ。
皺が更に増えて梅干みたいになっちまうぜー?」

けけけけ、と反撃を試みるも。

「はん、おつむだけでなく目までアホになったみたいだね。
ご覧。還暦を迎えたとは思えないほどのこの艶々ほっぺを。
なんだったら、頬擦りさせてやってもいいんだよ。」


完敗。

このばばあに口喧嘩で勝つにはまだまだ時を必要とするらしい。



「この妖怪ばばあっ!」

我ながらヘタな捨て台詞を吐き出し、寝床に戻る俺。
結局答えになってないだろう。
なんだか上手く言いくるめられたような気がする。



だが。

あの言葉は何時までも耳に残って離れなかった。


夢か・・・。

いつの間にか眠ってしまったようだ。こんな忙しい時に、全く。

それにしてもずいぶんと昔の夢を見たもんだ。

口元を軽くほころばせる。
が。
次の瞬間、続きを思い出して眉間に深い皺を刻みつける。

次の日寝ぼけ眼で現れた俺に。
あの糞ばばあは、よりによって水を漁りに来る村人の対応を任せたのだ。
流石に尻を蹴飛ばして追い返すことはしなかったが、
渋々と水を汲み与える俺の目が、かなり下がっていたのは致し方ないだろう。
そんな俺を見て笑いを抑えてやがったばばあの姿は未だに瞼から焼きついて離れない。



そんなばばあのもとを離れて、俺は。

幾多の経験をした。
多くの素晴らしい漢や人との巡り合い。
そして喪った。

笑いを、喜びを、幸せを、希望を、愛を知り。
それと同じ数の
涙を、哀しみを、嘆きを、絶望を、憎しみを知った。

出会いと別れを繰り返した。






圧倒的な力で以って
今まで俺たちを守ってくれた人たちが目の前から去ってから。

俺は否応なく現実を知った。
昔の比じゃねえ位の。
人の、世界の。醜さを、不条理を。

数年前、レジスタンスのリーダーを務めていた時。
仲間の裏切りに、弱者の無気力に、日和見主義な民衆に。
絶望し、悲しんだとき。
今まで創り上げたものが一瞬のうちに崩れ去るのを見て。
絶望し、天を怨んだとき。


そんな時。

いつも思い出したのは
ばばあの、あの言葉だった。


「バットー。いるの?」

ドア越しに響く聞きなれた女の声。
全くアイツは何時まで経っても俺の周りをちょろちょろ、ちょろちょろ。
ま、そこが可愛いーんだけどな。

「何時までもグーたらしてないで早くきて。村の皆が待ってるのよ」

前言撤回。
可愛くなんてない。
小うるさいだけだ。全く。
言うことが正論なだけに反撃が出来ず、余計腹が立つぜ。ちくしょーめ。



身体の下に轢いてよれよれになった上着を引っ掛けると。
俺は扉に向かって進みだした。

ばばあ。

あんたのお説教はいつもむかついたけど。
でもあんたが言う事に間違いはなかったよ。

あんたの言うとおり、俺は生きていくさ。この世界を。人と共に。

未来には

悲しみも、苦しみもあるだろうけどさ。

それでも進まなければいけない。
絶望せずに。
希望をもって。




扉を開けると、少し怒った顔のリン。

「全く何してたの?全然呼んでも返事無しで」
「んー?瞑想・・・みたいなものかな?少し初心に戻ってた。」
「瞑想って・・・。どうしたの、バット。熱でもあるの?」
「あのな、そーじゃなくて」

全く、こいつにはムードっつーモンが解ってねぇ。
何時までも子供のままじゃねーんだからさぁ。


モヤモヤした気持を発散すべく。

俺の額にあてようとするあいつの手を掴むと。

ぐいっと己の方に引き寄せ。
  
 ちゅっ

頬に落とす口付け。

「んなっ!!」
「つまり、こーゆー事」
「こーゆー事って・・・・!!」


慌てふためくリンを尻目に進みだす。




「頑張らなくっちゃなーって思って。この世界の為に。人の為に。」


突然の俺の行動と続く言葉に相関性を見出せずうろたえていたリンだったが。


困ったように俺を見据えつつ、大きく、ゆっくりと頷いた。


「そうね、頑張らなくっちゃね。皆の為に。そして・・・。自分自身の為にもね」


ああ。
俺はお前と会わせてくれた運命に、人に、世界に。
感謝するよ。
何も言わずとも
いつも俺の背を押してくれる。
俺を支えてくれる。
最高のパートナー。
俺の一番大切な人・・・。



「ああ。何より、俺の愛する女を幸せにするためにな」




にやり。

レイ直伝の流し目をリンにくれてやると。


ぼっ!!!

瞬時アイツの顔が赤く染まった。


「ははははははは、オメー、タコみてー。タコタコ、生ダコー!!!」

笑いながら走り去る俺の後ろから、

「か、からかったわね。待ちなさい!バット!!!」

リンの怒声と駆ける足音が聞こえる。



子供のように追いかけっこをしながら。


俺は天を見上げる。蒼く高い天を。



ばあさん、みんな。見ててくれよな。
 俺は生きるぜ。
  精一杯生きるぜ。
   あの言葉を胸にな。


走りつつ。

俺は片腕を高く天に掲げた。



まるで何かを掴みとろうとするように。
高く、高くへと。







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