涙 Side 7 マミヤ



嬉しかった。

彼のその言葉が、真摯な瞳が、自分を包むその腕まで。

 

両親を失い、
忌まわしい烙印をこの身に刻み付けられ、
たった一人の身内にまで先立たれ。
女であることを捨ててきた今までの闘いの日々。

何度己の運命を呪った事か。
何度己の運命に絶望を感じた事か。

 

 

それでも。
私は幸せだったのだ。
愚かな私はずっと今まで気づかなかったけれども。
とても。とても。

こんな私を想い、支え、赦し、そして愛してくれる男性(ひと)と巡り合えた。


涙は尽きることがなくマミヤの頬を濡らした。

 

 

夜の帳はすっかり落ち、圧倒的な静寂が私たちを包む。

 

永遠とも思える時間の中で、
世界に私たち以外誰も存在していないかのような錯覚に陥った。


決戦の前の。
静かな、美しい夜。

 

 

 

身動ぎもせず、私はレイの腕の中に身をゆだねていた。

 

 

少し肌寒くなった空気の中、
夜気に少し震え、レイの逞しい胸にそっと頬を寄せる。

レイのぬくもりを感じた。

 

その時。

 

 

レイの気配が変わった。

 

 


 
拘束を強めていくレイの腕。
密着する彼の身体の熱。
少し荒くなったレイの吐息。
どこか辛そうな彼の瞳。

レイの全てが私を求めているのを感じる。

 

 

 

このままレイと・・・。
彼の求めにこのまま身を任せようかと思う自分がいる。




・・・違う。
むしろレイを求めているのは私のほうだった。
分かってた。初めに彼の腕の中に囚われたときから。
一度他人のぬくもりを感じると、もうこの寒さに一人では耐えれらないということが。
一度他人に寄りかかってしまうと、もうこの痛みを一人では支えきれないということが。


甘い感情の波が私を襲う。

 

レイが欲しい。
レイの全てが。
この逞しい腕に抱きしめてもらいたい。
この悲しみを掬ってもらいたい。
その瞳で、唇で、胸で、熱で、身体で、全てで。
彼だけのモノにして欲しい。
彼だけしか見えぬようにその手で私を捉えて欲しい。

−それが今だけであっても−

 

 


でも。

・・・いけない。 


彼の優しさにこのまま甘えてしまうことは出来ない・・・。
彼にこれ以上の負担をかけるわけにはいかない・・・。

いいえ、いいえ。
違う。それは言い訳。そうではない。

 



「かまわない。」
あの台詞を。レイを信じられないのではないけれども。

あの男の紋章が刻まれた女・・・。
未来のない女・・・。
愛される資格などない女・・・。

本当にレイはそんな私を
 受け入れてくれるのだろうか。
  愛してくれるのだろうか。

 

その恐ろしい考えに、自分の身体が硬直する。

 


怖いのだ、私は。
もし、レイに拒絶されたら・・・。
何よりも。
 それが怖くて仕方がない。

闘いよりも。
 死よりも。
  自分の未来よりも。

 


ああ、全く、なんて私は醜いんだろう。
これほど自分が弱く、脆く、卑怯な人間だったとは。


強くなりたかったのに。皆を守るために。
気丈でありたかったのに。何事があっても毅然としてられるように。
いいえ。本当は。何よりも。自分の為に。
二度とあんな思いはしたくないから。二度と傷つきたくないから。

私は、強く、なりたかった。
それなのに。

 

なんて弱いんだろう。
なんて愚かなんだろう。
なんて卑怯なんだろう。

彼の心を信じることも出来ず、
彼の想いに応えることも出来ず、
彼の腕を離すことも出来ない。


「ハナレロ、コバマレヌウチニ。ハナレロ、キズツカヌウチニ。」
ガンガンと頭で鳴り響く声。が。

 


どうしてもレイの優しい腕を離すことが出来ない。

 


満天の星の下、互いに体温を分かち合うマミヤとレイ。
精巧な彫像の如く、微動だもせずに抱きしめあう。


第三者から見れば、それは紛うことなく恋人たちの抱擁で。


しかし、二人にとっては張り詰めた糸のような、緊迫した関係。
互いに。進むことも。退くことも出来ないこの距離。

 

マミヤは、ただ、ただ、どうしようもなく、レイの腕の中で震えていた。



 

 次へ