ある食卓の光景〜おまけ〜


「実家に帰らせていただきます!!!」

そう言い残して出て行った最愛の妻を迎えにいくも拒絶され続け、早一週間。

自分の側に彼女がいない。それがこんなにも哀しい。
悶死するほどのまずい料理さえも今では懐かしい。



ガランとした部屋を見渡し、レイはため息をつきつつ家をでる。
向かうは、ただひとつ。長老の家。
今日こそは。
意を決して扉を叩く。



が。
「マミヤさんは、貴方と会いたくないといっている。」
頑として言い張りマミヤに会わせてくれない長老。
流石は老年ながらも、長年村人の支柱となった人物だ。
ここ数日間の膠着状態に徐々に痺れを切らせ、殺気の混じったレイの視線を
まっ正面から受け止めている。

だが、レイも引き下がるわけには行かなかった。
これ以上マミヤのいない生活など耐えられない。

「とにかくマミヤと話がしたい。彼女を出してくれ。」と食い下がる。
しかし、
「マミヤさんは会いたくないといっているのじゃ。」
の一点張り。

かくなる上は強行突破か。
ここ数日のストレス(&欲求不満)でかなりきていたレイは初期の悪党面に変わる。

目の前の老人を押しのけようとしたその瞬間。

「そしてそれはわしもじゃ。貴方とマミヤさんを会わたくなどない。」

なんだと?

思わぬ長老の言葉に、思わず奥義を炸裂しそうになった次の瞬間。


イモの良さを解らぬものに、

わしの大事な大事なマミヤさんを渡すわけにはいかぬ!!」

村人の信頼を一身に集める温厚な長老は、吐き捨てるようにのたまった。



数日前のマミヤの「実家発言」にもぶっ飛んだものだが、今回新たな衝撃がレイを襲った。


...今、イモと聞こえたような。

目を泳がせつつ長老の肩越しに見えたもの。
それは、食卓に並ぶ数々のイモ料理。
マッシュポテトにポテトサラダ。イモの煮物に味噌汁。
視力5.0でその汁の中身をとらえると。
いた。あの物体が。
またもや豆腐と仲良く泳いでいる

けんかの元になったあの忌まわしき物体、ジャガイモ。



長老よ、お前もか。
胸にナイフが突き刺さったような衝撃を受け、思わず身体がよろけた…。

そういえば。
いつかマミヤが言っていた。
長老は親代わりだと。
両親の死後陰ながら己を支え続けてくれた人物であると。
村のリーダーで多忙を極めていた両親に代わり、
幼かった自分と弟を慈しみ、育ててくれた人物なのだ、と。


つまり、長老の食生活=マミヤの食の基準。
長老経由とくれば、あのイモに関する博識も頷ける。
成る程、と納得しつつその後に導かれる公式に一瞬の後に青ざめる。


イモを否定する。
イコール
マミヤ、ひいてはゴッドファーザー(長老)を敵に回す…、という事なのか!!?


まさか、いくらなんでも。そんなはずはないだろう。
ぶっ飛びすぎた、俺。
イモごときで、イモごときで、そんな、まさか。

茫然自失のレイを尻目に、世紀末の○原雄山

「全く近頃の若い者(マミヤ除く)はイモのすばらしさを何一つ理解しておらん...」
などどぶつぶつ言っている。


衝撃はそれだけでは終わらなかった。
満身創痍のレイに更なる一撃が加えられる。

「それにの、マミヤさんはここに来てからこういったのじゃ。
『結婚してからこんなにゆっくりと眠れたのは初めてだ』と。」

ジト目でレイをにらむ長老。その言葉に顎が外れそうになるレイ。

なんだと?どういうことだ、マミヤ。
俺はお前を(初めのころはともかく)そんざいに扱ったことなどないぞ。
なにか俺がしたというのか、お前が眠れぬ夜を過ごすほどに。
ずーんと落ち込みかけたレイは、その原因を思い当たってしまった。

あった。確かにあった。


背中に冷たい汗が流れる。

ゆっくりと眠れなかった。彼女は言ったという。
・・・確かに自分の行為により、結果的に彼女を眠らせなかったといえる。

結婚式から彼女を抱かなかった夜はない。
夜明けまで突っ走ってしまったことも多々ある。
翌朝少しつらそうな彼女を見るたびに、自制しなければと思いつつの繰り返し。

アレか…。アレのことか…??


思い当たった節があるようで黙りこくってしまったレイを冷たい目で眺めつつ、
今や親馬鹿モード全開の長老は、レイに冷たい一瞥を与えると無言でドアを閉めた。


力尽きたレイはその場に突っ伏してしまった。

ひゅるるー。
冷たい風が吹く。


拝啓、義父上様。

誤解だ。誤解なんだ。
俺の家では豆腐はワカメとセットだったんだ。
イモを嫌いなわけでも、馬鹿にしているわけでもない。

それに貴方も枯れたとは言え男だ。
愛する女を抱きたいという俺の気持ちを理解してもらえるだろう?
俺も貴方たちのイモに対する気持ちを充分理解した。
だから、だから。
どうかどうか許してくれ。

堅く閉ざされたドアの前、堅い地面に拳を叩きつけ。
レイは生涯二回目となる涙を流しつつ心の中でその台詞を繰り返した。




後日譚
ようやく怒りも収まり、長のリフレッシュ休暇からレイの元に戻ったマミヤ。
先日の反省は何処にいったか。
愛する彼女の姿を捕らえたレイは、その身体を堅く抱きしめ。そして。
寝室へと強制連行したのだった。

翌日腰を抑えつつ、憔悴しきった表情で村人の前に現れたマミヤ。
その彼女を見た長老とレイの間に新たなるバトルが発生した。




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