ある食卓の光景


窓から差し込む朝日にレイは目覚めた。

『もう朝か…』

もう少し惰眠をむさぼりたいところだ。
日の光を避けるように身体を動かしたレイの耳に
「うーん」
という声が聞こえる。

しまった、起こしてしまっただろうか。

…いや、大丈夫のようだ。
レイは、慎重に身体を動かしつつ、腕の中ですやすやと眠る最愛の妻に目を向けた。


数週間前に結婚式をあげ、レイの妻となったマミヤ。


赤と蒼の、互いの絡んだ髪の毛に昨夜の情事を思い出した。
もうすこし、このままで…。
腕の拘束を少しばかり強めつつ、彼女の体温を感じながら、レイはしみじみと感じた。

ああ、結婚とはいいものだな… 


食卓に並ぶ、妻の手料理。
どれも数週間前よりも『食べ物』に近づいてきている。

(比較的)安全な汁物に、魚、飯、そしておかず。
魚は炭化していないし、ご飯も糊化せず原型をとどめている。
おお、目玉焼き(だろう)もあるではないか!!

どう見ても焦げている部分のほうが多い魚を旨そうに咀嚼しながら、
レイは初めてマミヤの手料理を食べたときの衝撃を思い出していた。


あれはかなりやばかった。
トキの心霊台よりも激しい痛みが、のど、食道、胃を攻撃する。
一瞬、両親がどこかの川の向こう岸で手を振っている姿を見たほどに。
死兆星が再び頭上に輝いたかと思うほどに。


が、徐々に腕は上がっている。
流石俺が愛した女だ。
黄身と白身の部分が判別つかない目玉焼き(もどき)をかみ締めつつ
レイは改めて思った。

いい女だ…。夜が待ち遠しいな。

朝から不穏なことを考えつつ、汁物に手を伸ばす。


ずずっ。


ん?
…なんだ…、これは?

比較的安全な部類に入る汁物。
まさか、これでつまずくとは。



「マミヤ…」
「どうしたの?口に合わなかった?」

心配そうに俺を見上げてくるマミヤ。
小首をかしげて目を覗き込んでくるその可愛いらしさに
瞬時疑問はどうでも良くなったが、ここは確認せねばならない。

「いや、なぜイモが入っているのだ?」
(味噌汁に)

当の彼女といえばきょとんとしながら、入れるでしょ?との回答が。

「いや、普通味噌汁の豆腐にはワカメだろう。もしくは大根…。」
「何をいってるの、大根には油揚げじゃない」
困った人ね、と笑いながらマミヤは何事もないように汁をすする。
「油揚げにはネギだろう。」
「ネギにはシメジ」
「シメジは麩(ふ)」
「麩には…」

二人の応答は徐々に短く、鋭くなっていった。

つい熱くなってしまったレイは荒々しく席を立つ。

「ジャガイモを豆腐と一緒に入れたら、芋のモシャモシャ感
豆腐の味が台無しになるではないか!!
ワカメか大根だ!ジャガイモなどっ!!」

「ジャガイモを馬鹿にしないで!!栄養価も高く、ビタミンB1、Cを豊富にふくみ、
どんな土地にでも栽培できるすばらしいものよ!!」
負けじと声を荒げ、マミヤも立ち上がる。

「効能なんぞはどうでもいい!!
要は豆腐と共に、味噌汁の具として共存できる食材かどうかということだ」

「どうでも良くないわっ!ジャガイモはどうでもよくなんかない!
ジャガイモが疫病にかかったとき、全世界的な飢饉が発生して、アイルランドでは
100万人を超える餓死者が出たというほど、人々の生活に密着してたもの。
東洋の国、Japonでは過去数回人々を飢饉から救ってきて、
『お助けイモ』
の名まで持つ植物よ!
どうでもいいなんて、そんな馬鹿なこと言わないで!」


80へぇ。

思わぬ彼女の博識ぶりに改めて惚れ直した。いやいや今はそんな場合ではなく。

ここは譲れない。

「ともかく、俺は味噌汁のジャガイモなんぞ認めん。絶対認めんぞ。
イモなんぞ、味噌汁で食えたものか!断じて許さん!!!」

テーブルを激しく叩いた。

 

その瞬間、衝撃に耐え切れず問題の味噌汁がこぼれてしまった。
カランカラン。
空しく音を立ててこぼれ落ちる味噌汁の椀。


し、しまった、つい、力加減が。

二人の間に沈黙が走る。

まずい、これはまずい。

思わずマミヤに声をかけようとするが、
彼女のすさまじい眼光に言葉を続けることが出来ない。

南斗水鳥拳伝承者をもひるます視線の発生源であるマミヤは、
床に落ちたおわんとレイを交互に見、

そして…


「実家に帰らせてもらいます!!!!!」

と、高らかに宣言したのだった。



その後数日間、長老のドアをたたくレイの姿が目撃されたとか、ないとか。




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