紅い月 To Mamiyai
高い居城の頂から
微動だにせず立ちつくすユダ。
夜の帳が世界を覆っており
周囲は全くの闇
何も見えない。
ただ天上に昇る月が紅い光を放っていた。
美しくも、
冷く光り輝く月。
その光に、
狂気にも似た悦びを感じる。
いよいよ明日だ。
あの女に相応しい罰をくれてやる。
抑えきれない感情の波がユダを支配する。
ようやく。
ようやくだ。
あの時から、俺はずっと待ち続けていた。
この日を。
軽く口元を歪ませながら、天を見上げる。
目に入るは、
月光
美しく輝く紅い月光は、彼女の紅い髪を思い出させる。
紅い
紅い
月
突然、言いようも無い感情に襲われた
闘いを前にしての高揚感か・・・。
知らずの内に、握り締めていた拳を解くと、
傍らのサイドテーブルに向かい、適当な酒瓶を掴む。
ラベルを確認もせず、その中身を注ぎ入れると。
一気にグラスを空けた。
コマクからの情報によれば、
あの女も、死兆星を見ているという。
フッ。哀れなことだ。
俺の元にいれば、幸せに時を過ごせたものを。
あの時、愚かにも俺の元から去った女。
何とか村に戻った後は、女を捨て戦士として生きる道を選択したという。
その上。
俺の紋章を刻まれた俺のモノでありながら、
ケンシロウを愛し、レイに愛された女。
無様な。
滑稽な。
哀れな。
マミヤ
かつて
紅く美しい髪を靡かせ
涙を浮かべつつも、気丈なまでの瞳で
臆することなく俺を睨みつけた
俺のこの手から、するりと逃れた女
俺の目を、心を
一瞬とは言え奪った
俺に、真の美しさを感じさせた女
この俺が
この世で最も強く、美しい
美と知略を併せ持つ南斗紅鶴拳伝承者の俺が。
手に入れようとしても何も出来なかったのは、先にも後にもあの女一人。
忘れるものか
忘れられるものか
一瞬たりとも
あの想いを。
だがそれも明日まで。
再び見えるときがきたのだ。
マミヤ
マミヤ
マミヤ
愚かにも犯した罪の深さに
闘いの道を選んだことに
俺のモノでありながら他人を愛し、愛された事に
そして
己の運命に
存分に
後悔するがいい。
嘆くがいい。
苦しむがいい。
絶望するがいい。
俺は最も強く、最も美しい至上の男
その俺を愛する資格を与えられるのは完璧に美しいものだけ。
お前は。
俺を彩る華として生きていけばよかったのだ。
それなのに、よもや逃げ出すとは・・・。
それを存分に後悔させてやろう。
嗚呼。
早く明日が来ればよい。
俺を捉えるお前の瞳は
以前と変わらず美しいのだろうか。
ボトルに手を伸ばし、グラスを深紅の液体で満たすと。
再びその杯を干した。
アルコールがもたらす快楽に身を任せつつ、
浮かぶ月を見上げる。
紅い月光と重なるマミヤの姿。
新しい酒を注ぐと、グラスをすっと持ち上げる。
マミヤ
明日はお前の血で
俺は俺を美しく、紅く染め上げてくれよう
今宵の月のように 。
楽しみにしているがいい。
「乾杯」
ユダは小さく呟くと、
紅い月に向けて。
こころもちグラスを傾ける
そして
一気に酒を呷った。