世紀末覇者と一戦を交えた後、
リハクが指定していた集結地へと赴く俺たち一行。

馬というにはでかすぎる黒王に跨っているお陰で、
少しも苦労せずに、かなり遠くの仲間の様子まで伺える。



どいつもこいつも喜びの表情を浮かべていた。












                           選択












無理もない。
ヒューイもシュレンも拳王の拳に遭えなく倒れたという。志半ばにして。
五車星の内、特に勇猛果敢とされていたあの兄弟の戦死。
そして戦力の半分以上を僅かな期間で失ってしまった事実は
皆の心に暗い影を落としていた・・・。







あの二人の。
凄絶な最期をリハクから聞いた時、流石の俺も暫し呆然としたものだ。


息のつまるような沈黙の後。


「全く、バカ野郎達が。女や美味い酒の味も知らないまま死んじまいやがって・・・。」

俺は悪態をつきながら手近にあった酒のビンを引っつかみ。
ラベルも確認せず一気に中身を空ける。



トウは悲しげに目を伏せたまま。

普段ならば口うるさいリハクの爺さんさえ、その時は
そんな俺の姿を見ても何も文句は言わなかった。











「後は任せろ。」


そう言ってやりたかったのだが
なかなか巧くはものごとはこちらの思惑通り進まぬらしい。







先ほどの戦闘でよく分かった。ラオウの力量・・・。


あいつは強い。
昔と較べて格段に強くなった・・・・。










「伊達に『世紀末覇者』は名乗っちゃいねーな。たいしたもんだよ、全く。」



妙なところで感心してしまった自分に思わず笑い出しそうになったが
ジクジクと痛むわき腹の傷が疼いて、とたんに不機嫌になった。







さてと、どうするか・・・・。

黒王の背に揺られながら俺は思案する。
わき腹の傷は塞がることなく、赤い血で俺の一張羅(←チクショー)を染め上げている。

普通に考えればこのまま撤退するのがベストだろう。
傷を癒し、そして再びヤツと対峙する。それがいい。

それに黒王という足もなくなった今。ヤツの進行は急停止を余儀なくされたと言ってもよい。
それにコイツ(黒王)に愛着をもっているヤツのこと。
必ず取り戻す為に必ず俺を追いかけてくるはずだ・・・。



じゃっ。このままトンズラすっか。





手綱を握り締めた俺だったが、別の可能性が心によぎった。












・・・・・・・・・・・・もしも。
もしも、ラオウが主の情報を手に入れたら・・・?









傷の痛みからではない冷たい汗が、俺の全身に突き刺さる。




もしも。
もしも、あのラオウが。主の正体を知れば・・・。




間違いない。
主の下へと突き進むであろう。
他の何者に目をくれることなく。
がむしゃらに、無慈悲に、強大に。




瞬時に選択はなされた。


手綱を強く引っ張ると、いささか乱暴に馬首を返す。


ブルルルゥ

突然の方向転換に抗議の声を上げる黒王の、その黒い髪を優しく撫でてやりながら、


「悪かったよ。でもおめーのご主人のとこに戻るんだ。機嫌直してくれや」

渋々ながら進もうとする黒王と必死でなだめる俺を慌てて阻む周囲。



「なっ!何を仰るのです」
「そうです。再びあの拳王と遭い見えるおつもりですか??」
「計画は成功したではありませんか。それなのに何故又・・・」
「リハク様は・・・・」


「リハクの爺さんの命令なんて無視だ!無視!!」


口うるさく騒ぎ立てる周囲に閉口して、俺は大声で叫んだ。


「第一俺が人の命令を大人しく聞くようなタマに見えるか?
こんなまどろっこしいコトしなくても、要はラオウを倒せばいい話だろ?
一気に方をつけようぜ。そしたらゆっくり祝いの酒ものめるってもんだぜ。」


余りといえば余りの言葉に、全員がポカン、と口を開けて俺を凝視する。



「なっ!ジュウザ様。お考え直しください!!」
「相手はあの拳王です。甘く見てはなりません!!!」
「強大な力の持ち主なのですぞ!!!」



「だからこそだよ・・・」


「「「「「!!!!!!!」」」」」


「相手はあの拳王だ。小細工は通用しねえ。」

「逃げて、追いかけられて。また逃げて。それをいつまでも続けられるほど甘くはねえ」

「なにより下手をすれば主にへと矛先がむけられるかも知れねえ・・・」


俺の意図するところを察したのか、一人、また一人と口を閉ざす。


「俺たちは時間を稼がないといけない。その為に俺たちがラオウの注意を集める。
それは正しい。
しかしそればかりに固執して、距離をとって、いたちごっこを繰り広げて。
もしラオウが別の方向に目を向けたら・・・。
もし万が一、何かの拍子で情報が漏れたら・・・。
・・・・・我が主が危険に晒されるようなことがあれば・・・・。
本末転倒も甚だしいぜ・・・・」






納得と合意に向けて収束しつつあった雰囲気に一安心しかけた時。


「ジュウザ様。こ、これは!!」



・・・・・・最悪のタイミングで見つかった俺の傷。

しかもよりによって一番小うるさいヤツに。
青白い顔をして高らかな声と大げさな身振りで俺の怪我をアピールしている。


「なっ!」
「こ、これは・・・・・!!」
「先ほどの戦闘の時に負われたのですか?」
「すぐに手当てをせねば・・・・」

あっという間に俺の周りに形成される人の波。



ああ・・・。どいつもこいつも陰気な顔しやがって・・・。
全く厄介だな・・・。



そう思っていたら、案の定飛び出す言葉、言葉、言葉。


「この傷では無茶です。」
「どうか今日のところはお引きを!!」
「我らが拳王の目をくらまします故・・・」




「これくらいの傷、どうってことねえよ」


「しかし・・・」
「この怪我では。あの拳王に太刀打ちできませんぞ・・・」
「みすみす死に向かわれるようなものだっ。って。イタ・・・」


慌てて口を噤むヤローの頭上に、力いっぱい拳骨食らわしてやり。




「バーカ。俺はまだ死ぬ気はねえよ」







あの拳王を相手にするのに、まるで当然の如く『死なない』と言い切った俺。

その言葉に皆が頭を上げる。


「第一俺は死ぬときにゃ、綺麗な女の膝枕の上でって決めているんだ。
誰があんな筋肉ダルマと戦って死ぬかよ。ぜってー、御免だね!!」



続く軽口に皆の唖然とした表情が並び。
思わず微笑を浮かべる。




そう、俺はまだ死ぬ気はねえ。
死んでは守りたいものが守れねえ。
見ておきたいものを見ることが出来ねえ。
愛したいものを愛することが出来ねえ。

しかし。



「死ぬ気はない。しかしこの戦い。命を懸けないといけない。」



先ほどとは打って変わった毅然とした口調に
皆の顔を覆っていた戸惑いが、納得と決意の念へと変わる。





「攻撃は最大の防御だ。俺たちの命を賭けてラオウの歩みを止めるのだ。


我が主のために・・・・。」




数秒後


ウオォォォォォォォォォ・・・・!!!!!!



勇ましい掛け声が周囲に響き渡った。











まだ死ぬ気はない。
だが、もし死ぬとしたら、
時と場所は自分で選ぶ。






ジャックヒギンズ 「鷲は舞い降りた」より




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