冷たい雨が降る。



名句で妄想 No.8  『忘』



絶え間なく降り続ける雨が
みるみるうちに俺の身体を濡らしていく。

俺の顔に。身体に。腕に。足に。
俺の熱を奪っていく。



そして・・・。
腕の中の師の身体に僅かに残っていたぬくもりは、
徐々に、しかし確実に失われていき・・・。

今では冷たい屍と化していた。











そうだ。
雨よ。
もっと降るがいい。
このまま降り続けるがいい。
もっと。もっと・・・。


この感情も、悲しみも、ぬくもりも、愛も、全て・・・。
洗い流すがいい。
消し去らせるがいい。


もうそのようなものは俺には必要ない・・・。






忘れるのだ。
このような感情を


忘れるのだ。
このような悲しみを。

忘れるのだ。
ぬくもりを。


忘れるのだ。
愛を。





初めから
気づかなければ、
求めなければ、
手に入れようとしなければ。



失うことはない。
このように悲しむこともない。
このように苦しむこともない。







忘れるのだ。

嘆くことを。
悲しむことを。
涙することを。
全ての不要のものを。





俺はこれから一人で生きていくのだから。
傍らには誰もいない。
それが俺の道。帝王たる俺の歩むべき運命。






忘れろ。
忘れるのだ。













雨よ、もっと降れ。
全てを洗い流せ。
全てを拭い去れ。

目の前の光景を、この感情を、師を、そして俺を。

消し去ってくれ・・・。






抱いていた師の身体を傍らに横たわらせると。

少年は立ち上がった。



大地を固く踏みしめ、
背筋を伸ばして、
腕をひろげて、
天を見上げて・・・・。

冷たい雨を全身に受ける。





固く閉ざされた瞳から頬に伝った液体は

雨だったのか。
涙だったのか。



それは彼自身も知らない。






Inspired by 

泣くことを恐れるな。涙は心の痛みを流し去ってくれるのだから。
アメリカンインディアンの格言より





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