一度でいいから
たった一度でいいから
私を見て欲しかった。

私だけを

 
名句で妄想 No.4     Happiness 


もうすぐ彼が来る。

これは確信。

彼は必ずここに来る。
あらゆる障害を乗り越えて、
前に立ち塞がる全てのモノを破壊し、
ここへとやってくる。
彼が唯一愛する女性をその手に入れるために。

宮殿の奥。
閉ざされた堅固な扉の奥で
私はずっと彼を待っていた。
身動ぎもせずに。


全く、私はなんという女なのだろう。
兄弟同然に育った仲間を殺したのは彼。
いまや父が立ち向かわねばいけない相手。
守るべき主を奪い去らんとする男。

敵なのだ、彼は。
我々にとって、仲間にとって、父にとって、主にとって。


それなのに、どうしようもなく彼が愛おしい。

どうしようもなく彼に会いたい。

 


そのとき、扉が開いた。


久しぶりに見る彼は少しも変わっていなかった。
その猛々しい顔も、逞しい身体も、大きな掌も、圧倒的なオーラも。
そして、私を見つめる冷たい瞳でさえ。

よく、分かっていた。
彼の愛はユリア様ただ一人に向けられているということを。
決して彼はユリア様以外の者を見ることは無いということを。

 

ユリアはどこだ


静かな口調で問いかける。

私など歯牙にもかけない彼の態度と台詞に、
思わず強張った身体をどうにか支え、
勇気を振り絞って彼の目を正面から見据える。

                  
               愛しています。



どうか、どうか。私を見てください。


そう、ラオウ。
私貴方を愛している。
ずっと、ずっと、長い間。
貴方だけを愛してきた。
貴方がユリア様を愛するように、いえ、それ以上に。
貴方だけを見てきた。

例え貴方が仲間を殺した人であっても、
父の敵であっても、
ユリア様に害なすものであっても、
そして、私を決して愛してくれなくても、
見てくれなくても。

私は貴方を愛している。

気づけば涙が両頬を濡らしていた。
彼の目だけを見据え、他に言葉を知らないかのように続ける。

              愛しています。愛しています。愛しているのです。

 


しかし、無言のうちに、ラオウは私から背を向けた。
ユリア様がいないこの場所にこれ以上留まる意味は無いということだろう。
一度も私を見ることなく、扉に向かって歩調を速め、
そのままこの場から立ち去ろうとする。



ひどい人。
私の気持ちを応える事も、拒絶することもせず
ただ私を置いて行くのね。
貴方にとって私は存在しないも同じ。
決して私を見てくれることは無いのね。

 

それならば。
いっそ・・・。





ドッ

 

背後の気配を感じたのか、彼が振り向いた。
そして、一瞬驚愕の表情を浮かべ、私を見る。
崩れ落ちる身体。
床に倒れる前に身体を支えてくれたのは、彼の腕だった。


なにゆえ・・・。

           遠くで聞こえる彼の声。


なにゆえ、このようなマネをした。

           分からないわ、貴方には。

答えよ、沈黙は許さん。
  
           こんな哀れな女の気持ちなんか。

 


貴方には分からない。決して分からない。
でも分からなくていいの。貴方は決して。
こんな醜い気持ちなんか。

貴方の心の中に少しでもいたくて、
こうすれば貴方が少しは私を思い出してくれるかもしれないなんて
馬鹿で哀れな女の思いを理解なんてしなくて良い。



腕の中で微笑むと、ますます彼は不可思議な顔をした。
貴方は決して分からない。私のこの行為を。
貴方は決して分からない。私のこの思いを。
貴方は決して分からない。



貴方の瞳が私を映している。
ただそれだけで、
私がこんなにも幸せということ。




徐々に身体が重くなる。
彼の声が遠くなり、
彼の姿がぼやけてきた。

 


一筋の涙が、冷たくなった頬につうっと流れた。
トウの死に顔は幸せそうに微笑んでいた。


イメージワード

神様、死とはなんて甘美なものでしょう。
いったいどなたがこんなことを思いついたのですか?

 



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