ああ、馬鹿だ。
お前は馬鹿だ。
そして彼女も馬鹿だった。
しかし一番馬鹿だったのは。
名句で妄想 No.2 愚者(The fool)
身体が悲鳴をあげた。
肉が裂け、骨が軋む。
先ほど受けた攻撃は確実に己の身体を破壊した。
もはやこの肉体も長くもつまい。
俺はここまでか。
贅をつくした宮殿。
激しい戦闘の余波で、扉は破壊され床は砕かれ、所々に血が飛び散っている。
かろうじて形を残している一本の柱に身体を預け、
目の前の人物を忌々しげに睨み付ける。
そこにいるは一人の修羅。
霞みかけている目でも、奴の太い眉毛はよく分かる。
かつて親友であり、恋のライバルであり、敵であった漢。
ケンシロウ。
ああ、全く。
俺は詰めが甘かった。
あの時、
「何本で死ぬかな〜」
なんて遊んでないで、さっさと始末してしまえばよかった。
そうすれば、今無様にやられている自分はいなかったはずだ。
いや、しかしそうすれば彼女も生きてはいなかっただろう。
初めから勝負はついていたのだ。
戦う前から俺の負け。
分かっていた。誰よりも俺が、その事を。
しかしこいつは馬鹿だ。
思わずため息を吐く。
根性は認めよう。
あれほどボコボコにされたにも関わらず、ここまで這い上がってきたのだ。
部下たちを倒し、この宮殿までやってきたのだ。
あの時の甘さは完全に捨てたようだ。
以前に戦った時とはまるで別人の如く、俺の前に現れたあいつは、
全てを賭けて、全身全霊で俺に立ち向かってきた。
俺を倒したところまでは褒めてやろう。
しかし。
ユリアの元に駆け寄った時の奴の、
「こ、これは人形!!」の台詞を聞いて、
こんな馬鹿に負けたかと思うと、頭が痛くなった。
正直俺は内心びくびくしていたのだ。
奴が、ユリア命!(それは俺もだが)な漢だったのはよく知ってたし、
そんな奴の目を誤魔化せるか、かなり不安だったのだ。
しかし、奴は全く気づかなかった。
いくらアレが、
サザンクロス中の職人を駆り集め、
1ヶ月の間奴らを缶詰めにし、
それこそ髪の毛一本にいたるまで
精巧に、丹念に作り上げさせ、
睡眠・食事・風呂以外の時間を作成の監修に使い、
最後の仕上げに俺の手ずから化粧を施し、衣装を着せた
自慢のブツであったとしても!!
気づけよ。お前はよ!
ここ一ヶ月の苦い思い出が走馬灯のように駆け巡る。
作成を命令した時の職人たちの顔、顔、顔。
使える部下の死亡、馬鹿どもの反乱。
そんな状況に関わらず監修につぎ込んだ時間。
彼女がいなくなった後も集め続けた宝石、衣装の数々。
それを手に入れるための苦労。
King様は実は女装癖があるのでは、という下卑た噂。
毎日彼女を着替えさせ、化粧を施す俺への周囲の冷たい目線。
確かにあそこまで凝らなくても良かったかもしれない。が。
俺なりに必死だったのだ。
ユリアは俺を完全拒否でダイブ決め込むし、ラオウはこちらに迫ってくるし。
ここは少しでも彼女のために時を稼がないと。
それが俺に出来る残された唯一の方法。
愛する女のためならば、
例え悪党と誹りを受けようとも、嘘つきえと罵られようとも、
そして、変態のレッテルを貼られようとも
俺は耐えた、耐えたのだ!!!
しかしそこまで真実を隠匿しながら、内心矛盾した思いを持っていたことも事実。
深層では、俺はケンシロウは気づくと確信していた。
同じ女を愛した漢。
俺以上の愛で以って彼女を愛した漢。
こいつなら気づくだろう。
どんなに精巧に作られていても所詮はまがい物。
本物の放つ輝きには到底及ばない。
だが。
全く気づいて無かったよ、こいつ。
偽者と本物の違いくらいは分かるだろう。
しかも人形だし。人間じゃないし。生きてないし。
むしろ、分かれ!!
俺なら一瞬で分かるぞ。
馬鹿だ、馬鹿だ、大馬鹿だ。
お前の脳みそは筋肉で出来ているのか?
全ての栄養は眉毛にいってしまったのか?
まったく馬鹿な漢。
そしてこんな奴に負けた俺。 闘いでも、愛でも。
そして・・・。
俺よりもこんな筋肉馬鹿と進む道を選んだ彼女。
きらびやかな衣装よりも、美しい宝石より、豪奢な生活よりも
この漢との生活を選んだ彼女。
偽者と本物の区別もつかないような馬鹿を選んだ彼女。
ああ、ちくしょう。彼女も馬鹿だ。
・・・
・・・・・・・
・・・・・・・・・・
違う。違うのだ。
一番の馬鹿は。
親友の信頼を裏切った俺。
愛する女性から幸せを奪った俺。
ムリヤリ愛し合う二人を引き裂いた俺。
俺が一番の大馬鹿者だったのだ。
分かっていた。心の奥で。
彼女が愛するのはヤツただ一人で、その愛は他の誰にも向けられないということを。
彼女を幸せに出来るのは、この世界中でヤツただ一人ということを。
一番の道化は俺だったということを。
身体が重い。
全身の細胞が震えている。
残りの時間が少ないことを俺は悟った。
まもなく舞台の幕が下りる。
そして。
新たなる劇が始まる。
ケンシロウ。
心の中でヤツに呼びかける。
最初で最後の俺からの忠告。
鈍い鈍い親友にあてた最後のメッセージ。
決して口に出すことは無いけど。
エンディングまでには少しは賢くなっておけよ。
そうでないと、又彼女を失うことになるぞ。
まあ、無理だろうなあ、いきなりは。
ヤツの驚愕する姿が容易く想像でき、自然と口角が上がるのを感じた。
ゆっくりと、穏やかに微笑みながら、
俺は重い身体を何とか起こし、
バルコニーに向かって歩き出す。
馬鹿らしく、道化者らしく、最期は華々しく散ってやろう。
せめて最期は、あの場所で。
ユリアが俺の手の中から完全にすり抜けていってしまったあの場所で。
俺にふさわしい終焉の場ではないか。
さあ、幕を引こうではないか。
この茶番劇の幕を。
イメージワード
「幕を下ろせ。喜劇は終わった」