娘を見殺しにした
息子同然の若者たちを死地に追いやった
そして
主(あるじ)を守れなかった
必ず守ると
まだ主が幼き頃に
誓ったというのに。
名句で妄想 No.1 Old Man
だれかが泣いている。
娘の泣き声か?
今は亡き仲間の?
それとも、主の?
それとも
泣いているのは・・・?
重い瞼をどうにか開けると、そこは寝台の上だった。
それほど広くもない部屋には、多くの人が集まっていた
あるものは嗚咽し、
あるものは彼の名前を絶え間なく呼びつつけ、
あるものは涙をこらえて口を噤んでいる。
身体を起こそうとするがまるで鉛のように重く、言葉を発することも億劫だ。
もう長くないな。
老人は心の中で呟く。
思えばよく生きた。
この激動の時代、己の宿星の使命の下に
一体何人の若い命を死に追いやったことであろう。
自分の半分ほどしか生きていない若者達を。
同じ拳の道を歩んできた同門の者達を。
そして自分の娘すらもその目的の為には利用した。
そして主を失ってからも、己一人が生き続けた。
そして、いま、ようやく。
この長かった人生に終止符が打たれようとしている。
長すぎたほどだな・・・。
全く無様なものだ。
生きるべき者が死に、死ぬべき者が生き永らえてしまった。
思わず、自嘲の笑みがこぼれる。
泣き声が、また
聞こえた気がした。
寝台の周囲には見知った顔が並んでいる。
少女が自分の手を握り締めながら泣いている
いつも笑顔を絶やさない彼女だが、今は涙で濡れている。
彼女を後ろから抱きしめている、その養い親。
主とよく似た容姿を持つ美しい女性。
常の気丈な表情は無く、瞳が大きく揺れている。
横には薄桜色の長い髪を持つ女性。
口元に手を当ててこみ上げてくる嗚咽をどうにか抑えようとしている。
睨みつけるように自分を見つめている青年。
あの悪がきが、大きく立派に成長したものだ。
だが相変わらず感情を抑えるのは下手糞だ。
リーダーたるもの如何なる時も冷静でいろ、と口をすっぱくして教えたものだが。
青年の震える拳に、まだまだだなと苦笑いをする。
隣には青年の伴侶となった女性。
あどけなさが残る彼女。
その目は既に真っ赤だ。
共通するは深い悲しみ。
皆が皆、この老人の命の炎がまもなく消えるであろう事を感じていた。
それは避けられない運命。
だが周囲にとっては受け入れたくない運命。
・・・だめだよぅ。おじいちゃん。今度鶴を折ってくれるって言ってたじゃない。
遊んでくれるって言ってたじゃない。
約束やぶっちゃうの?いやだよ。元気になってよ。又遊んでよ。
泣きじゃくる子供
顔をゆがめる女性
こらえきれず泣き出す女性
ぎりっと拳を握り握り締める青年
青年の肩に顔を埋めて嗚咽する女性
どこかぼんやりとその光景を捉えつつ、ふと
幸せだな。
老人は思った。
娘に先立たれ
ほとんどの仲間は先の闘いで命を落とし
主も守りきれなかった
だが、今。こんな罪深い自分のために、
これほどの涙が流れている。
幸せだった。とても。とても。
急に。
さっきまで聞こえていた泣き声が止まった。
・・・そうか。
ずっと聞こえていたあの声は・・・
自分自身の。
許せなかったのだ、己の不甲斐なさが。
申し訳なかったのだ、死した仲間たちに。
ひとり生き残ってしまった自分に。
そして、なにより
怖かったのかも知れない。
恐ろしかったのかも知れない。
果たして自分は許されるのだろうか、と。
だがもう泣き声は聞こえない。
己はよく生きた。
そして幸せだったのだ、間違いなく。
つらいこと、悲しいこともあったが。
これほどの多くの愛する人たちに囲まれて一生を終えることが出来るとは。
ふうっ、一つ息を吐く。
ゆっくりと周囲を見渡す。
こんな自分のために涙を流してくれて
こんな自分のために悲しんでくれて
そしてこんな自分を許してくれて
ありがとう。
そして、
さようなら。
幸せそうにと微笑むと、老人は静かに瞼を閉じた。
イメージワード
「貴方はまるで古い骨董品みたいにわたしの生命をもたせようとしているが、
わたしはもう駄目です。おしまいですよ。わたしは死ぬんです」