「父さん、もう米がありません」





必死に感情を押し殺した声。
深い地の底から沸きあがるうめき声にも似た声に。



思わず傘をはる手を止めた



ほうじ茶日記  Vol 17  もういっぱいいっぱいです




「じゃあ、餅を食べよう。確か残っていたはずだろう」


「数日前食べたので終わりです。」


「なに!!まだあったではないか!!」


「あれは最早餅とは言いません。
青カビの塊です。いや、むしろ青カビです。」






「では、うどんを食べればいい」

「原材料たる小麦粉がないのでうどんは作れません。
第一あんなものをうどんとは呼ぶのは香川県民への冒涜です。
直径2mmのうどんなんて、あれは最早素麺のレベルに達してます。」





「では蕎麦を・・・」

「何ほざいてるんですか。蕎麦なんてここ数年見たこともありませんよ」






「ラーメンは・・・」

「ベビースターラーメンにお湯をかけたものをまだ『ラーメン』と言い張るのですか?
強情なのは結構ですが、現実を見てください。中身は空っぽです。」




「パンは・・・。いやそれは望めまい・・・。ではお菓子は・・・・」

「貴方はどこのフランス王妃ですか!!
『パンがないならお菓子を食べればいいのよ!』ですか!!
あるわけないでしょ!そんなもの!!!」










『文句があるなら現物(お菓子)を用意してみなさい!!』





ポ○ニャック婦人のように堂々と言い張るシバに。


何も言えず。



項垂れる私に更なる追い討ちがかかる。








「言っておきますがね、父さん。
『腹減った時には塩舐めとけ』的な発言はなしでお願いします。
塩どころか、味噌も、コショウも、みりんも、醤油も、砂糖も、だしつゆもありません!!
玄米茶のあられも先日食べつくしました。
我が家に残っているかろうじて『食料』と名の付くものはプランターで栽培してるネギだけです。
それも4日前に収穫したばかりで、まだ3cmも成長してません。
これが意味すること、分かりますか?

 つまりは実質、0です。
  言い換えるとナッシングです。
    理解できます?ナッシングって意味を。
      聞こえてますか。要するに食べるものが何も無いってことです!!」





ワンフレーズ。一呼吸で。
一気に言葉を出し切ったシバは、どっと肩を落とした。









シクシクと泣き出した我が子の姿を見て。
心痛まぬ親などいようか。否、いまい。



しかしそれに対し、なにも出来ない自分が不甲斐ない・・・・・。






「ああ、母さん。どうして死んでしまったんですか・・・。」


「僕も一緒に連れて行ってくれたら、こんな苦労は・・・・」


「リゾさん、フドウさん、リハクさんにこれ以上たかるなんて・・・申し訳ない・・・・」


「かくなる上は・・・。10里先のコウケツ農場に忍び込んで・・・。ちょうど今収穫時期だろうし・・・」


「ダメだ!盗みは良くない。でも家に残ってるものと言えば・・・。後は正露丸しか」


「・・・・・・正露丸・・・・・・・・・・。食べれるだろうか・・・・・」












ブツブツと呟くシバの背中に恐る恐る手を伸ばすと、





ビクリッ


震える小さな肩。













あああ・・・・
私は父親失格だ。
まだ年端も行かぬ子供にこのような苦労をかけるとは・・・・。


情けなさやら、申し訳なさやらで。涙と自分への怒りが溢れてくる。


震える肩を両腕で掴むと、心の底から謝罪の言葉を述べる・・・。











「すまん、シバ。」

「・・・・・・・・」

「これからは注意する。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「後輩との付き合いを重視して、家族であるお前に迷惑をかけるようなことは、もうすまい・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「二度と、レイと飯はいかん。いや行ったとしても奢らされん」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「内職の量も増やす。傘はりの他に障子張りもしよう。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「これからは決してお前に不自由はさせない。私はここに誓う・・・!!!」














「父さん・・・・」



そっと。

固く握り締められた拳を優しく包んだ
シバの暖かい手。







「父さん・・・・・」


「シバ・・・・・」



感極まり、我が子をこの腕の中に抱き寄せようとした正にその時。










「なに寝言言ってるんですか。」




返って来たのは
絶対零度(-196℃)の冷たさを帯びた言葉。







「その言葉、一体何回目だと思ってるんですか。」


「今年に入ってからだけで2桁は聞きました。」


「実現が不可能なことは言わないで下さい。」


「『誓う』だとか言って叶えられないと、周囲から信を置かれなくなりますよ。」









アワアワとする私を尻目に









「さあ、父さん。行きましょう」





すっと立ち上がる我が息子。
その目には最早涙の跡さえ残されていない。









突然の展開に脳みそがついていかず、


「行くってどこにだ・・・?」


芸の無い問いを飛ばした私の前に。






一匹の修羅が出現した。







「どこって。当然。
セブン○レブンです。
今弁当の賞味期限問題で色々話題になってますしね。
もしかすると
ツケで、しかも安く購入できるかもしれません。

あわよくば売れ残りのものをGetできるかもしれません。

折りしもECOブーム。

これからの時代の波は我らにあり!ですよ!!」





「・・・・・・」




言葉を失った私に構わず、修羅は尚も叫び続ける。





「実現などされようもない
たわ言を聞いているくらいなら、
行動に移したほうが
マシってもんです。

嘆いていても、叫んでいても。
お腹は減るのですからね。
まずは動かねば!何も事態は好転しません。」



「・・・・・・・・・・」




「ボサーッとしないで下さい。さあ、行きますよ。
とりあえず今日中に10軒は回りましょう。ヘタな鉄砲も、と言いますからね。
もしかすると上手いこといけば、一軒位は当りが出るかも知れません。」












いそいそとエコバックを両肩に乗せ、旅路の準備を進める我が子の姿に。









『立派になったな、シバよ・・・・』




私は溢れる涙を抑えることが出来なかった・・・・・。














二人が出かけた後。




窓から一陣の風が吹き込んだ。






主の居なくなった部屋を一回りすると、

家族の期待を一身に背負い
日当たりの悪い場所で黙々と光合成に励むネギの葉を慈しむかのように撫で。


壁にかかった少し黄ばんだカレンダーをその優しい両腕で揺らした。








本日、5月29日。


次回の給料日は、まだまだ先のこと・・・・・。






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