分かったぞ、シバ。遂に分かった」


帰宅するや否やそう叫んだ父に冷たい一瞥をくれると、僕は視線をコンロの上のフライパンに戻した。



「そうですか」






冷たい、素っ気ない回答。



断っておくが、僕は通常目上の人にそんな口を利きはしない。
例え父の
迷惑極まりない同僚の方々に対してであっても・・・
それにこの場合、相手は父である。
常ならばどんなに夕飯の支度に追われていても、火を止めてフライパンをおろして、こう聞くはずだ。


「それは良かったですね。それで何がお分かりになったんですか?」
と。


微笑を浮かべながら・・・。


プチほうじ茶日記 
       父さん、ちょっと間違ってます 〜5月3日〜





そうしないのは、少々事情があったから。
ここ数日、至極つまらないレベルで攻防があったからだ。

その延長線下での先の父の発言・・・・。何が分かったかなんて、聞かなくても大体予想はつく。
どうせ、こどもの日の情報だろう。
300%間違った・・・



時間のあるときならいざ知らず、あいにく今は忙しい。
父の
たわ言に付き合ってる暇などないのだ。
それに時間があったとしても、ご免だ。
これ以上、
トホホな気分にはなりたくないし。



嬉しそうな父の気配を肌でひしひしと感じつつ、僕は心の中で呟く。



ああ、ああ。父さん。もういいですよ。もう結構です。
例のイベントに関する話題は、
正直
おなかいっぱいいっぱいですので。






しかし、流石は天然な漢、シュウ。
完全無視を決め込む息子の様子に全く気づくことなく、キッチンに入ってくる。






ああああ。やはり避けられぬ運命なのか。コレは。


時代がかった台詞を胸のうちで吐き出しつつ、僅かに身体を強張らせた。
そしてこれから耳に入ってくるであろう、

あべし
ひでぶな発言に身構えた、その時。




「私は間違っていた。」


唐突に父はそう言った。




「こいのぼりというのは本物の鯉などを飾りつけるのではなく
それらに模した布を飾るらしいな。いや、すっかり勘違いをしていたよ。
全く恥ずかしいことだ。
はっはっはっはっは・・・


頭を掻きつつ爽やかに、そして豪快に笑う父。




な、なんだ??ようやくまともな話になってきたぞ・・・。


またどうせ、しょうもないオチが待っていると覚悟していただけに、
少し拍子抜けした僕は料理の手を止め、初めて父に向き合う。



「・・・父さん。」


「なんだ?」


「今回の情報源は一体どなたなんですか?」


「リゾだ」




・・・成る程



リゾさん。

問題だらけの南斗の拳士のなかで、比較的、というより
唯一と言っていい常識派の人間だ。
あの人ならば間違いだらけの父の『こどもの日イベント』を軌道修正することも可能であろう。
よかった、神様はまだ僕を見捨てられてなかった。



脱力して深く息を吐く息子の目に光っている涙に気づくことなく、淡々と言葉を続けるシュウ。



「リゾからこどもの日に何をすべきかをしかとこの耳で聞いた。
参考に資料も借りて来たし、万事OKだ。」


にっこり



見る者によればそれは慈愛に満ちた微笑だが、シバにとっては薄ら恐ろしい笑顔である。
特にこういった場面においては、父のこういった笑顔ほどあてにならないものはない。
それに少し引っかかる言葉が・・・。資料ってなんだ?どんなモノなんだ・・・?



「な、何をお借りしたのですか?」


「うむ。こどもの日を歌った童謡のテープだ。
話した内容と併せてコレを聞けば、こどもの日の大体の雰囲気がつかめるだろうと言ってな。
目が見えぬ私でもこれならば大丈夫だしな。全く良い漢だ、あやつは」



そう言う父の手には、一本のカセットテープが握られている。
タイトルをみると、『こいのぼり』やら『せいくらべ』やら・・・。





成る程・・・。
歌詞を脳内で20倍速で再生したが、危険な箇所は思いつかなかったし、
根本的なトコはリゾさんの話で理解しているならば、大丈夫かもしれない。
それにカセットというのは、ほのぼのとした雰囲気がつかむのにも効果的と言える・・・。


しかし
何でリゾさんはこんなカセットを持ってるのだろうか。
あの人は
一人身の筈だし。身内に子供がいるなんて話、聞いたことないんだけど・・・。




違う方向に向かいつつあった僕の思考を、「ともかくだな・・・」と父の言葉がさえぎった。


「もう大丈夫だ!お前は大船に乗った気持ちでこどもの日を迎えればよい」




・・・大船っていうか、未だ
泥舟に乗った気分から抜け出せません。父さん。




「今まで何もしてやらなかった分まで、完璧なこどもの日を演出してやろう!!
誇り高き南斗の拳士の矜持にかけて、父としての威信にかけて!!
楽しみに待っているが良い!!!!!





・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・
父さん、有難う。
その気持ちだけでこんな天然の父の元にでも(息子として)生まれてきて良かったと思う・・・。




それでも。
どうしても。
一抹の不安は拭い去れない。

だって。相手はあの父だから。
南斗白鷺拳伝承者、
天然100%のシュウなのだから・・・





「5月5日を期待して待っていてくれ!!」

高らかに宣言する父・・・



父さん。
父さん。


僕が期待、いや、希望していることは・・・



どうぞ無事に5月5日を過ごすことが出来ますように


ってコトだけです。








父と子、近しい関係ではあれど、
その時、その場所、その状況下で
互いの温度差には百万光年の隔たりがあった・・・。




Novel TOPへ