「お客さん。折角やから他の湯も廻ってきはったら。」


朝食の後、再び風呂に浸かろうとした二人に。
旅館の女将はそう提案した。

青褪めた表情で。


ほうじ茶日記 Vol 14 でも憎めないんです、あいつらを

「すみません。ただ今準備中でして・・・」


外湯に赴くも、断られること早10数回。


「また駄目だったか」
「うむ。まあ、この季節だからな」
「商売繁盛、結構なことだ」
「まあ、そうだな・・・」

自分たち以外のほかの客は出入りしてるのに
それを不思議に思うことなく。
穏やかに談笑しつつ、シュウとトキは次へと向かった。



「あれ?いいんですか?お義母さん。あのお客さん達、断っちゃって?」

そう問いかけるは、まだ年若い女性。
恐らくこの宿の若女将であろう。


「あ、あんた。緊急回覧板。見なかったのかい?」

くわっと目をむいて怒鳴りだすは、先ほど入浴を断った年配の女性。

「え、ええ。炊事場のほうが忙しかったもので・・・。まだ」

「これをご覧!!」



「・・・!!!こ、コレは・・・。本当ですか?お義母さん!!?」

「ああ、恐ろしいことだが本当らしいよ。
あの兄さん達、昨晩は
武論荘に宿泊したらしいんだけどね。
今朝、浴場を掃除しに行ったら、エライことになってたらしいんだよ・・・」

エ、エライことって・・・」

「何でも露天風呂に植えてあった松やら竹やらが
全て枯れててね。

岩の苔すら跡形なかったというらしいんだよ・・・」

「・・・な。なんてこと!」

「『猿も集まる名湯』ってのがキャッチコピーだったあの露天風呂に、
いまや集まってくるのはカラスばかり・・・」

「・・・!!」

「その上排水溝が
ふやけたみかんで詰まっちまったらしくて・・・」

「・・・・・・・!!」

「武論荘は大騒ぎだったって話だよ。」

「そ、そんな惨事をあの人たちが?・・・」

「昨晩露天風呂に浸かってたのはあの二人だけ。しかも深夜までとっぷりとね。」

「確かに消去法で行くとそうなりますが。でもあんな善人そうな方が・・・」

「いや、人は見かけによらないってね。
聞いた話じゃあの二人、
ずーっと互いの手を握り締めてたらしいんだよ。
風呂の間中、ずーっと

「ええ?同性同士で?」

「ああ、しかもマッパで。
最後には、涙を流しながら抱き合ってたって話なんだよ・・・」

「うわ〜。ホモってやつですか?」

「ねーねー、ママー。ホモって何?」

子供は知らなくても良い事です!
・・・で、お義母さん。それから?」

子供は勉強でもしてなさい!
・・・それでね、泡食った番頭さんと女将さんが緊急会議を開いてね。
兎に角もあの二人をさっさと追い出そうということで纏まったらしいんだよ。」

「え、でもそうすると、他の湯場で・・・」

「だから、二次被害を防ぐために、
この町内に緊急回覧板が回ってきたわけさ。伝書鳩でね!」

「そ、そうだったんですか。だから今朝あんなにが飛んでたんですね・・・」

ため息をつきつつ、再び回覧板を手に取る女性。




そこには

「この顔にピンときたら、
入湯拒否!!!

のデカ文字と共に。


シュウとトキの似顔絵が・・・。


指名手配犯人扱いされている当の本人達は。


浴衣を素敵に着こなして、城崎の町並みをのどかに散策していた・・・。

「困った。どこもかしこも満杯とはな」
「うむ。チェックアウトも済ませたし、足湯さえも使えんとなると、これからどうするか・・・」



そう。
断られ続けて、元の旅館、武論荘に戻った二人。

そんな二人を出迎えたのは、引き攣った顔の女将従業員達



「おかえりなさいませ。
さ、荷物も全てこちらにお運びしております。チェックアウトですか?」

「い、いや。一度部屋に戻って、茶でも飲んで一服しようかと・・・」
「そう、着替えもせねばな・・・」

「いえいえいえいえ。お茶でしたら。
はい、こちらのティーバックを一ダースお付けいたします。
着替え?ああ、浴衣ですか?どうぞどうぞ。差し上げますので

「いや、それは・・・」
「申し訳ないし・・・」

「全然申し訳ないですので!
さあ、チェックアウト!!
はい、チェックアウトしましょう!!
チェックアウト〜〜〜〜!!!!!!」

最後は絶叫だった・・・




今頃はほっと一息、涙を流しているだろう女将。
そんなことは、露知らぬ天然二人はというと。

ガイドブックを広げながらウォーキング中。

「シュウ、ココなどどうだ?」

「ほう、寺か。」

「なんでもこの温泉場を開いた、偉い上人が建てた由緒ある寺らしい。」

「成る程。湯だけではなく、そういった場所を訪れるのもまた一興」


フツー20代半ばの成人男性は、時間が余っていても寺なんぞ行かないものだが・・・。
流石
いぶし銀な二人。
チョイスに何の疑いも覚えず、温泉寺へと赴いた。


「着いたぞ。」

「ほう。わりと近かったな」

常人のスピードなら半時間かかる距離を、5分で到着した二人。
しかも浴衣姿&草履で。
超天然と言えども、流石北斗の次兄と南斗六聖拳のひとりというところか。


「なかなか立派な本堂ではないか。」

「うむ。流石名刹。清冽な気を放っている・・・」

「建物の造りも素晴らしい」

「ああ、これがWA☆SABIというものか・・・」

それを言うなら『侘び・寂』なのだが、流石は天然同士。
ツッコミというものがそこには存在しない。

ニコニコと散策を続ける二人。

おっさんを通り越して、
ジイさんの貫禄を漂わせている。






「ほう、若いのになかなか・・・」

背後からかけられた声に振り向くと、


「よろしければ、ワシがご案内させていただきますが?」

皺くちゃの顔に満面の笑みを浮かべた住職の姿があった・・・。



皆様、こちらの山門に見えますのが、仁王像でございま〜す。

と、
ツアコンさながら、二人を案内していく住職。

説明に、その都度、「ホウ」、「フム」と熱心に聴いてくれれば、
そりゃ、講義にも熱が入ろうものである。




「こちらが、この寺の本尊、十一面観音立像ですじゃ。」
上機嫌で、本堂の仏像を披露する。


「千年以上の歴史を持つ由緒正しき観音立像で、重文ですじゃ。
この地に住まう者だけでなく、訪れる者も、
平等に、温かく見守って下さる有難い観音様じゃ。
力強く、どっしりとした存在感を放っておられる。
良い顔をしてらっしゃるであろう?特に額の指ポッチが・・・。
うん?どうされたのじゃ?」

突然トーンダウンしたシュウに、声をかけると。

「いや、
同僚の特徴に(一部)良く似ていたもので・・・」

ポッチ、額にポッチ。どっしりとした存在感・・・。
ブツブツ呟き続けるシュウ。



「この観音様の左右に安置されているのが、
持国天、増長天、広目天、多聞天の立像ですじゃ。
仏敵を破り、東西南北四方の警護の役を担っている仏法守護です。
雄雄しい顔をされておりますじゃろ。」

「ああ、確かに雄雄しい。
特に増長天像は、
逆立った髪辺りが身内を彷彿とさせる」

敵を破る・・・か。跡形も無く消し去りそうだ・・・
苦笑いを浮かべるトキ。



ラストは不謹慎な思いに囚われながら、二人は参拝を済ませたのであった。



「昨晩はああ言ったがな。アレはアレで良いとこともあるのだ。」




住職にお茶を振舞われ。
庭を見渡せる縁側に腰掛けながら、シュウはポツリと呟いた。



「普段はクールを通り越して、冷酷ともいえる漢なのだがな・・・。
私の結婚式の時には
菊の花束を贈ってくれてな。優しいところもあるのだ」

結婚式に菊の花って、トキが突っ込むわけはなく。



「そうか・・・」

重々しく頷くだけ。




「ウチもな・・・」
今度はトキが口を開く。

「昔飼ってた犬が殺されて悲しんでた私に、
手作りのぬいぐるみを作ってくれたことがあった。これで寂しくないだろうと。」

手製のぬいぐるみ?ラオウの!!?と突っ込みを入れるという考えは相方にもなく。



「うむ」
無言で茶をすする。






「若いやつも、良いところがあるのだ。
ユダなど、シバの誕生祝に自分のふんどしの余り布でオムツを作ってくれて・・・。
やはりオムツは紙よりも布のほうが良く、あれは重宝した」

「義父も、私が拾ってきた虎の子を育てることを許してくれてな。
大きく、愛らしく成長してな。私に良くなついていた。
いつの間にかいなくなってしまったのが残念だったが・・・」

「『あんたが困った時には俺は必ず助けに行くぜ!
なんてったって、俺達、親友 だもんな!』
とレイは先日言ってくれてな。その言葉が嬉しいではないか・・・」

「ケンシロウも。
『兄さん、兄さん』と私の後ろをピヨピヨと付いて来て。
この間も、『
世界中で一番兄さんを尊敬してるよ』って・・・」

「この傷のせいか、子供に怖がられていた私だったが。
シンから精巧な着せ替え人形をもらってからは、
ソレを出したら、大分打ち解けてもらえた・・・」

「肩こりに悩まされいた私だったが、
ジャギの含み針治療のお陰で、大分楽になった・・・。
たまにこむら返りを起こすのだが・・・」



それって、本当に優しいのか?嬉しいことか?慕われているのか?

そういう突っ込みは(以下省略)



「愚痴るのも、不満に思うのも、相手に対して心許しているからこそなのだろうな・・・」

「そうだな。あんな連中でもかけがえのない仲間であり、同志なのだ」

「それに奴らが突然
良い子ちゃんになったら、薄気味悪くて仕方ないし」

「それは想像するだに恐ろしいな。」

「ああ、髪を7・3分けにしたサウザーなどを見た日には・・・」

「ははは。貴方と同じく、
光を失うことになるかも知れん」

「全くだ。奴らはあのままでよい」


素敵な笑顔で、かなりの毒を吐きまくっているお二方。


穏やかな笑い声だけが、辺りに木霊する・・・。







「・・・とどのつまり、私達は。どんなに文句を言ったとしても・・・」

笑いを止めると。
顔を見合わせ、トキとシュウは同時に口を開く。

「「憎めないんだな。あいつらを」」


同じ台詞に、再び笑い声が木霊した・・・。






さてと。
茶を乾し、ゆっくりと立ち上がる。そして・・・。


「まだ帰りの時間には間に合うだろうか」

「少々厳しいな。急いで土産物屋に寄らねばならん」

「ああ、何も買ってこなかったらつむじを曲げる困った奴らばかりだからな」

「その上、買ってきても文句を言う奴らだ」

「全くだ」

「ああ、世話が焼ける・・・」

ため息をつきつつ、山を下りる二人。





口調とは裏腹に、その顔には笑顔が浮かんでいた。







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