まさかこんなところで・・・。



「やあ」
慌ててアヒルちゃんを後ろに隠し、声をかけるシュウ。

「奇遇だな、このようなところで出会うとは」
トキも慌ててタオルで前を隠す。

・・・
・・・・・
・・・・・・・・

沈黙


かぽーん

間の抜けた効果音だけが、広い浴場に響き渡った。


ほうじ茶日記 Vol 12 風呂は道連れ、世は情け 



 少し緊張した面持ちで湯に浸かるやたらガタイの良い男二人。


面識もあるし、言葉を交わしたことも多い。
だが、道場から離れたプライベートな場で
会話が弾むほど仲が良いわけではなく・・・。

空気が重い・・・。

何か、何か話さなければ・・・。


いい年した大人がウンウンと頭を悩ませ。



「今日は良い天気だったな」
「明日も晴れるだろうか。」

(お前ら、イギリス人か!欧米か!)ってな感じで会話が始まり・・・。



「年金って私たちの時には貰えるのかな。」

「当てにはならんな。やはり日ごろからの貯蓄がモノをいうだろう。」

「ということは、年末ジャンボは購入されたのかな?」

「ああ、大枚叩いて10枚購入した。まだ子供も幼い故・・・。」

「しかし、あれは当たらんな。私も10戦10敗で。当たるは末等ばかり。」

「確かに。購入時には夢見るのだが、年が明けて現実を思い出させるイベントだ・・・」

「ところで今年の紅白はどちらが勝つと思われる?」

「そうだなぁ・・・。」


極めて低レベルな話が延々と展開された。


元々少ない話題が遂に尽き果ててしまい。
困ったシュウは、トキが浴場に持ちこんだらしい小さな袋に気がついた。

 

「ところでその袋は・・・。」

「ああ、これか。」

トキが袋の口を空ける。
と、すがすがしい匂いがその場に溢れる。

 

「ここの旅館の部屋に通された時、恐らく茶請けだろう。おいてあってな。
偶然にも本日は冬至。
風呂にでも浮かべようと思ってな。ああ、貴方が構わなければ・・だが」


成る程。
冬至の日にはその湯に浸かって、無病息災と願うという。
既に風邪にかかってる私だが、こういう風流な慣習は私の好むところだ。

「勿論。私もご相伴に預かれるなど、有難い話だ。」


ニコリ

柔らかい表情でトキは微笑むと。

どばっ。

袋の中身をぶちまける。

柑橘系特有の爽やかな香り。
乳白色の湯に湯に浮かぶオレンジ色の物体。


柚子風呂ならぬ、ミカン風呂
に。
二人はゆっくりと息を吐きつつ、湯に沈んだ。


「ところで、貴方はどうしてここに?嫌、答えにくい事ならば・・。」

気を回すトキに、軽く手を振り、私は答える。
特に隠し立てするような事ではない。

「恥ずかしい話だが、風邪を拗らせてしまってな。
何時まで経っても治らないものだから周りから勧められて。」

「そうか・・・」

「そういう貴方は・・・。背に大分ひどい傷を負っているようだが・・・」

「ああ、この治療も兼ねてだが。
それに偶には、静かにゆっくり湯に浸かるのも悪くなかろうと」



それはそうであろう。
自分たち(南斗)を棚上げして、こんな事を言ってはなんだが。

あちら(北斗)も結構な問題児が揃っているのだ。


暴れん坊大将軍の長兄、ラオウを筆頭に。
非行の道一直線の三男、ジャギ。
修行の為なら児童虐待も辞さず、の養い親リュウケン。

あんな連中に囲まれている真面目で苦労性のトキ。
そんな彼がストレスを感じないということがあろうか。
、無い。


反語でうんうんと頷きながら、ふと脳裏に浮かぶは太い眉毛。

彼はどうなのであろう。
あの少年、ケンシロウ。
彼はなかなか優しげな、思慮深い子供であったと思うのだが。


さりげなく話題を振ってみれば、トキの眉間に、

ピシリ

と深い深い一本の皺が刻まれた。


「・・・・。確かにケンシロウはいい子だ。真面目だし、優しい。
しかしやはり子供だというか・・・」

聞けば、弟をかばって背に傷を負い、ウンウンと寝台で呻いていたトキ。
その看病をしていたのはケンシロウだったそうだ。

「兄さん、痛む?ごめんなさい、僕のせいで」

などと愁傷な台詞を吐きつつ、
包帯を替えたり、薬を塗ったりと、甲斐甲斐しく世話をしたのは
初めの一日だけ。


二日目には欠伸の連続。時々思い出したように、絞れきれてないタオルを頭にかける。
三日目には、病人の横でスクワットや指先逆立ちを始め、埃を舞い上げる。
四日目には、爆睡。汗をかいた旨を伝えると、事もあろうか雑巾で身体を拭こうとする。
五日目には、クロスワードパズルとDSが登場した。
六日目には、「ちょっと、ユリアのトコ行ってくる」と出かけ。
七日目からは姿も現さなくなった。

枕元の菊の花ケンシロウが初日に飾った)が、
徐々に萎びていくのを横目で捉えながら。

痛む身体を引きずって、トキは自分でお粥を作り、包帯やシーツを替えたという。


「そ、それは大変だったな。」

我ながら月並みな返答だ、と思いつつ。
口元を引き攣らせながら、私はトキに深く、深く、同情した。

 


「全く最近の若者はなっちゃいない。」

「・・・」

「忍耐力もないし。すぐ文句を言うし。」

「・・・・・・・・・・・・」

「人生の先輩に対しての敬意も感じられん。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「全く、この間も・・・。
はっ、すまない。他流の貴方に身内の愚痴などを・・・。」

湯気で額にかかる髪を直しつつ、手を軽く振り謝罪の言葉を紡ぐトキ。

がっ!!!

トキのその手を、シュウの両手が包んだ!!


「分かる、分かるぞ。トキ!!」

驚いたトキの目の前には、

固く、固くトキの手を握り締め、

轟轟と涙を流すシュウがいた。




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