初めて出会ったのはまだ互いに幼きころ。







親を失い、孤児になった俺たちは
どこからともなく現れた老人に引き取られた。




連れて行かれた先の道場で俺たちを待っていたのは
厳しい修行の日々。










周りはライバルだらけ。


気を許せる相手など、兄しかいなかった。









血反吐を吐くまで闘わされて、叩きのめされ、打ちのめされる毎日。





如何に目の前の相手を効果的に倒すか。
どうやって相手の攻撃をかわすか。








この地獄から生き延びることだけを考えて
俺たち兄弟は日々を過ごしていた。







そんなある日のこと。










定期的に行われる組み手の場
次々と襲ってくる相手を無我夢中で倒していった俺。



一体どれ程の時が流れたのか・・・・。


気がつけば





立っているのは俺たち兄弟だけ。
残りの者達は床にダウンしていた・・・・。












俺たちの闘いを静かに観戦していた壮年の男は
「うむ」
頷き一つと共に、俺らを呼び寄せた。







そして向かったのは道場の奥。
普段は入ることはおろか、近づくことすら禁じられたその場所。





ギィィィィ・・・


開かれる扉。





立派な彫像や上品なインテリアで彩られた豪華な部屋。
今まで見たこともない光景に、兄と二人目を丸くしていると。


更に奥の扉から、一人の少女が出てきた・・・・・。







「時は来た」





席に俺たち全員が着くのを待って、開口一番に切り出すはリハク。
五車星の最年長。リーダーでもあり、参謀でもある男。
そして、あの日俺たちを運命へと導いた男。
あれから十数年の月日が流れたが、その身にまとう気迫は些かも衰えていない。


そこの言葉に深く頷くは巨漢の男。フドウ。
かつて鬼と恐れられ、ののしられた彼だが
今では信用に足る仲間だ。


腕組みをして、眉間の皺を寄せるは、わが兄、シュレン。
その目はただ固く、固く閉ざされており、
表情から何の感情をも読み取ることは出来ない。


小さく震えたのは、リハクの娘、トウ。
恐らくヤツ(ラオウ)のことを考えているのだろう。
哀れな娘だ・・・。よりによって主の敵を愛するとは・・・。
しかし誰も彼女をそのことで咎めようとはしなかった。


そして
俺の目の前には空席が一つ。
ここにはいない男。ジュウザ。
あやつは一体この状況をどう考えているのか・・・。









「時は来たのだ・・・・」



リハクが同じ台詞を繰り返す。
皆が皆、そのことを理解していることを知りつつも。






そう、

ついに



闘いの時は来た・・・・。







「シュウ様は亡くなられ、サウザーも没した。南斗の将は我が将を残すのみ。
今は天狼が拳王の目を逸らせているが、それも時間の問題。
必ずやあの男は、我が将の前に立ちふさがるであろう。
天をその手に握る為に。


ヤツは己に逆らうもの、従わぬものは容赦はせぬ。
例え我が主であっても同様。
ヤツを主に会わせる訳にはいかんのだ。
我らは全身全霊でもってヤツの動きを阻止せねばならん!!!」






ガン!!


思わず拳を卓上に叩きつけて、息を荒くするリハク。



常ならぬヤツの状態に少し驚いたがすぐに納得する。



仕方もなかろう。
状況が状況だ。

ラオウは間違いなくやってくる。
しかしそれに対する俺たちの備えは万全ではない。
日々勢力を強大なものにしている拳王軍に対抗するには、
あの世紀末覇者を名乗る男を迎え撃つには、
もう少し時が必要だ・・・・。









暫しの沈黙の後に、俺たち一人一人を見つめるリハク

その瞳は冷静さを取り戻した、正に軍師のソレ。












「フドウ。お前はすぐにケンシロウ様と接触しろ。
御身を守りつつ、機を見て我らが主の正体をお話しするのだ!!」


「ハッ!!!」


勇ましい声で巨漢が吼えた。






「シュレン!お前はワシの配下の者と協力してジュウザの居場所を突き止めるのだ。
どうしてもあの男の力が必要となる。
多少強引な手段を使っても構わぬ。どうあっても我らにもとにと呼び寄せるのだ!!」


「承知!!」


ゆっくりと開かれた瞳に紅蓮の炎が宿る。








「トウ!お前は主の御身にいっそうの注意を払え。
間違っても正体が漏れるような事があってはならん!その点しかと心得よ!!」


「はい。このトウ、命に代えましても!!」


毅然として即答する彼女。先ほどの震えは最早ない。









「・・・・・・そして、ヒューイ。お前には拳王軍の動きを探ってもらう。
有事の時には戦闘となるだろう。
危険を伴う使命だが。よろしく頼む!!」












「「「・・・・・・・・・・・!!!!!!!!」」」



周囲を言葉なきどよめきが漂う。







確かに危険を伴う指令だ。
いざ戦闘が開始されれば、真っ先にヤツとあたるのは我が軍と言うことになる。
そしてその勝算は極めて低いものであろう・・・。

つまるところ俺の任はラオウの足止め、時間稼ぎ・・・・。







誰もがこの指令の意味するところを知り、そして何もいえないでいる。










固まってしまった空気の中、俺は軽く首を回す。

すっかり伸びた髪が俺の動きにあわせて左右に流れた。






誰かがせんといけないのだ。


フドウはあの体型だ。、目立ち過ぎてこの任は務まらん。
トウは主の下は離れられん、リハクも同様。
そして我が兄シュレンも、
ジュウザ探索の他に南斗の軍団を率いると言う任を帯びている。



そして敵の動向を探ったり、指揮系統を撹乱したりといった
機動性が必要とされる任務では俺の指揮する風の軍団が適役なのは自明の理。





ならば俺は俺の任を遂行するのみ!!!









「承ります!!!」




些かも臆することなく、俺は答えた。






「気をつけろよ」 
フドウが困ったような顔で呟く。


「ムリしないで・・・・」
こちらは今にも泣き出しそうなトウの言葉。


「頼んだ・・・・」
痛ましそうに。それでも俺の目を正面に捉えて、リハク。


そして・・・・




兄貴




俺たちはお互いに言葉など必要なかった。

「頑張れ!」とも「気をつけろ!」とも「使命を果たせ!」とも。
そんな言葉は不要だった。




ただ




互いの肩に手を置き。

強く、強く。
握り締めるだけ・・・。









時間にすれば僅か数秒の行動だったが。


あの時の誓いを確認しあうには


十分だった・・・・・。









ラオウの巨大な拳をくらった俺の体から力が抜けていく。
どうにか立ち上がろうとしても、立ち上がることはおろか指一本動かすこともままならない。
















俺はここまでか・・・・。



だが悔いはない。





これまでの道のりも。闘いの日々も。そしてこの結末も・・・・・。





ああ。

重くなりつつある瞼に浮かぶはあの光景。
















あの時。
あの幼き時に。
あの部屋で出会った少女・・・・。


初めて見たとき、この世のものとは思えなかった。
これほどまでに美しく、可憐で清楚なモノが存在するなんて・・・。
遥か昔。そう、俺たちの両親がまだ存命だったころ、
母親に読んでもらった絵本に出てくる天使さまのようだった。






茫然自失としている俺たち兄弟の様子を不思議そうにしながら、
その子は俺たちのもとに近づいてくる。


そして






「ユリアっていうの。どうかヨロシクね」


にっこり微笑むと、彼女は俺たちの手を握り締めたのだ。

傷だらけで、汚い、かさかさの俺たちの手を。











感じるぬくもりと小さな手の柔らかさに、暫し放心していたが。


『いけない。このままではこの子の手が汚れてしまう!!!』


恐らく兄も同様のことを考えていたのだろう。






俺たち二人はほぼ同時にその手を払いのけてしまった。













急に手を振り解かれた彼女は一瞬ビックリしたが、
次の瞬間泣き出しそうな表情をした。












「どうして?私が嫌い?私と手を繋ぐのはそんなに嫌?」

大きな目にいっぱいの涙を湛えて俺たちを見つめる彼女。
その瞳の美しさにまで気圧されながら、ようやく俺たちは口を開いた。




「いや、手がきっと汚いし・・・。組み手の後だったから血なんかもついてるし・・」
「君の手が汚れちゃうよ・・・・」


俺たちの言葉を聞くと、彼女は大きい目を更に大きくして。

そして微笑んだ。





「どうして?どうして貴方達の手が汚いの?
さっき爺やに聞いたわ。貴方達はこれから私を守ってくれるのでしょう?
ずーーーと側にいるのでしょう?助けてくれるのでしょう?
だったら、よろしく!って握手するのはおかしいこと?
それに貴方達の手は全然汚くなんてないわ。
私を含め、爺やや皆を助けてくれる手でしょう?
私貴方達の手、大好きよ。おっきくて暖かくて・・・。それにとっても優しい手よ!!」









その優しい微笑みに。優しい言葉に。






俺たち兄弟二人は



暫くの間涙をとめることが出来なかった・・・・・








あの時。




どちらからとでもなく。
俺たちは決めた。




彼女を守ると・・・。
この世のあらゆる悪なるものから、この天使を守ろうと・・・・。
この綺麗な存在を汚すものを、全力で排除すると。


その為にこの命を捨てることすら厭わないと。









兄と俺との間で交わされた





それは誓い。



















すまない。シュレンよ。俺は先に逝く。

どうか嘆かないで欲しい。俺は満足だ。

あの時の誓いを果たすことが出来た・・・・。










そして










ああ、主よ・・・。ただ一人の我が主よ・・・・。


俺は、少しでも、貴方の役に立てましたか・・・・?

俺は貴方を守れましたか・・・・?

貴方の助けとなりましたか・・・・?



















彼女の微笑を瞼の裏に描きつつ、


俺はゆっくりと瞳を閉じた。




後書き

アヒルさんリクのヒューイ。
なんか当初の設定よりユリアが出張ったのが不本意ですが(笑)なんとか仕上げれました。
アヒルさん、満足いく内容ではないかもしれませんが、宜しければ受け取ってくださいませ。




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