人気のない場所
そこだけが時代の流れから切り離されたような
そこに一つ、ポツン、と佇む小さな、質素な墓
それを認めると
男は
ひらり、と
馬の背から降り大地を踏みしめた。
孤独で
空虚な
悲しみの
大地にと
告別
日が翳り。
急速に闇にと覆われようとする世界。
そこに一人。
厚く積もった埃を掃き除き、墓の周辺を清め、
花、と呼ぶには素朴で、質素すぎる物を不器用な手つきで墓に供える一人の漢。
そして暫しの沈黙の後、懐から出した一枚の布・・・。
過ぎ去った年月の侵食を受け、所々にほつれや汚れが目立ってはいたが
大事そうにそれを握り締めると、漢はそれを墓の前に置く。
そして
目を閉じると、
ゆっくりと墓に手を合わせた・・・
「彼女の遺言だ・・・・。」
誰もいない場所で漢の言葉だけが響き渡る。
「これをお前に返してくれ、と。」
「彼女は最後までこれを大切にしていた。
お前が・・・。近隣の町から略奪するでなく、権力に任せて作らせたのでもなく
彼女のために、彼女の為だけに。
お前自身が探し、手に入れ、そして贈ったこのショールを。」
闇はますます周囲を侵食し、僅かに残っていた光さえも奪おうとする。
ブルル
漢の愛馬が
襲い来る夜に主人の注意を喚起するが
当人は全く気にする素振りもなく。
言葉を続ける
「彼女は礼を言っていた。
そして謝罪していた。
お前への。態度に。言葉に。行動に・・・。
かつて彼女が俺に言ったことがあった・・・・。
『彼にしてしまった仕打ち・・・。それは本当に心無いことでした。
彼をあそこまで追い詰め、絶望させ、狂わしてしまったのは紛うことなく私の罪。
とても申し訳なく、そして悲しく思います。』
『でも、私はそうするしか道は残されていなかったのです。
彼の、悲しいまでの、真摯な気持ちに。
少しでも優しい言葉をかければ。
気持ちを向けようならば。
正面に向おうものならば。
全てを焦がし、焼き尽くすような彼の愛から・・・・。
そして私自身が作り出した楔から・・・。
私は逃れることなど出来なかったはず・・・。
私の心は、感情は、精神は。
貴方を愛し続ける
一方で
彼を捨てられない
そう、真っ二つに引き裂かれていたことでしょう・・・・・・。
それが分かっていたから。
だから。
だから私は・・・・』」
「数多の強敵との戦いを経て、俺は知ったことがある。
『憎しみも愛情も紙一重。』と・・・・。
「人を愛しく思わなければ、憎しむことも出来ない。
正であれ、負であれ。
人の感情は強い気持ちで成り立っている。
嫌い
好き
憎しみ
愛
怒り
喜び
絶望
希望
それらは同じもの。
方向性が異なるだけに過ぎない物なのかもしれない。」
「お前にとって、俺なんざに言われたくない言葉かもしれんがな・・・・」
言葉を一旦切って。
漆黒のベールで天を覆いつつある空を眺める。
南の空に瞬き始める星々・・・・・・・・・・・
「彼女は。確かに。お前を愛していたよ・・・」
天上を飾る星星の輝きから目を逸らすと、
漢は
無言で
愛馬の背にへと飛び乗った・・・・・。