彼女は美しい女(ヒト)だった。
年月が彼女の豊かだった髪に白いものが生み出し、
苦労が彼女の肌に深い皺を刻んでいたが。
彼女は美しい人だった。
彼女は強い人だった。
どんなに絶望的な状況でも、決して諦めることなく
闘いを捨てた後も、彼女は毅然として生きていた。
彼女は強い人だった。
彼女は厳しい人だった。
周囲に、そして何より自分自身に対して。
その細い肩に重責を負い、
投げ出すことを、諦めることを決して自分に許そうとしなかった。
彼女は厳しい人だった。
彼女は優しい人だった。
かつて彼女の為に散った人たちの魂を慰め、その墓を守り。
仇さえをも許した。
溢れかえる多くの戦災孤児を引き取り、愛情を持って慈しみ育てた。
とても、とても優しい人だった。
周囲の皆からの尊敬と信頼と愛情を一身に集めていた彼女は
先ほど息を引き取った。
闘いの終焉から僅か10年後のことだった。
Une Vie
薄暗い部屋の中。
質素な寝台に横たわる彼女の姿。
そしてそれを守るように周囲を囲む人、人、人。
皆の目には涙が光っていた。
「マミヤさん。まだ死んじまうには早えって。」
苦痛と絶望を織り交ぜた重い口調で青年が言葉を続ける。
「もっと、もっと。長生きしてくれよ・・・。
ってか、あんたがいなくなったら誰が村の事を見るって言うんだよ。
・・・俺に全部押し付けてトンズラするなんてずるいぜ・・・・」
ぞんざいな言葉を吐く彼だったが、誰も咎める者はいない。
固く握り締められた彼の拳が、
細かく、そして絶え間なく震えている。
「マ・・・ミヤさん。この・・・子が、生まれたら・・・
名付け親になっ‥てくれるって・・・・。約束したじゃない」
しゃくりあげながら言葉をつむぐ女性。
彼女の冷たい手をそっと包むと、己のお腹にと導く。
そこには先ほどの青年との間に授かった新しい命が宿っていた。
「義姉さん。辛かったでしょうに。苦しかったでしょうに。
こんな、こんな痩せてしまって・・・・。
それなのに。貴方は一言も苦しみ漏らすことなく・・・・。
・・・・耐え抜いたのですね。」
枕元で泣きじゃくる女性。
長い闘病生活ですっかり艶を失った、彼女の髪を撫で付ける。
何度も、何度も。
「お母さん。お願い。目を覚まして。
もう一度笑って!!もう一度お歌を歌ってよ」
涙を流し懇願する子供達。
唇を噛み締めて、じっと立ちすくんでいる子供もいる。
彼らは第二の母親を永遠に失ってしまったのだ。
「・・・・ねえ、なんで皆泣いてるの?どこか痛いの?
大丈夫だよ!ママが起きたら『痛いの痛いの飛んでけー』ってしてもらったら。
いつもマムが泣いてるとママはそうしてくれたもん。
痛いのどっかいっちゃうの!!」
舌足らずな口調で無邪気に。そして得意げに提案をするまだ幼き少女。
眠っている母親を起こそうと、小さな手を彼女にと伸ばす。
それをゆっくりと阻み、両の手で包むまだ若き女性。
「マム・・・・。そうね。そう出来たらとてもいいわね。
でもママはね、とってもとっても疲れていたの。
そして漸く。漸く・・・・。休むことが出来たの・・・。
だからゆっくり休ませてあげようね。」
「ええ〜〜??」
口を尖らせながら不平の表情を浮かべる少女だったが、
「うん。分かった。じゃあ、ママが起きるのを待ってるね!!」
その言葉と向けられた微笑に。
耐え切れず、女性は少女を抱きしめ涙を流した。
「わっ!!どうしたの、アスカ姉ちゃん。
何で泣いてるの?アスカ姉ちゃんもどっか痛いの?」
その場にいた誰もが、マムの発した問いに答えることはできなかった。
耐え難い喪失感に打ちのめされて。
「ママ、よくねんねしてるね〜」
静寂を破ったのは先ほどの幼き少女。マム。
ストン
アスカの膝から降りた少女は、テコテコと母親が眠っている寝台へと近づく。
んん?と、彼女の顔を覗き込むと。
破顔一笑。
「ママ、よく寝てる。
きっと夢の中で大好きな人と会ってるんだね。
だからいつまでもねぼすけさんなんだね!!」
よしよしと、小さな手で母親の頭を撫で始めた。
「え・・・。マム。それは?どういう・・・・」
目元をすっかり腫上らせた少年が問いかけると、
微笑み一つ。
大好きな兄に、自分より大きな兄に。
自分が教えてあげることが出来たことが嬉しくて、一生懸命説明を試みる。
「だってね。ママが言ってたの。
マムが寂しくて、パパと、もう一人のママに会いたいようって泣いてたらね。
『ゆっくりとお休みなさい。そうしたら夢の中で大好きな人と会えますよ』って!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
周囲が静まりかえり。
部屋に響くは、マムの言葉のみ。
「『ママも?ママも夢の中で大好きな人と会ってるの?』って聞いたら。
『そうよ』って。
『でもあんまり会えないんだ』っても寂しそうに言ってたの。
でもきっときっと今は一杯会えてるね!!
だってママの寝顔、とても幸せそうだもん!!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!!・・・・・・・・・・・・
「良かったね、ママ。」
嬉しそうに母親の髪を梳く少女の表情は、一片のかげりもなかった。
「そうだ・・・な・・」
ぐいっと乱暴に目元を拭って、少年が口を開く。
「漸く母さんは大好きな人たちと会えたんだ。
それを俺たちがピーピー泣いてたら安心して母さんも休めないな。」
固く結ばれていた小さな拳を。
ため息一つ、ゆっくりと開けて。
すっくと立ち上がる。
その言葉を受けて。
一人。又一人とゆっくりと動き出す。
「お母さん。いままで本当に有難う。私たちは大丈夫。
私たちの事は気にしないで、ゆっくり休んで・・・・」
「母さんのお父さん、お母さん、コウさん。
そして・・・一番大切だった人に、一番好きだった人に、会えるんだね。
漸く。漸く今会えたんだね。」
「ずっと僕達の為に頑張ってきてくれて有難う。
母さんがとられちゃうのは・・・とても寂しいし・・・・悲しいけれど・・・。
でも大丈夫。僕達は大丈夫だから。何も心配しないで・・・」
拭えども拭えども。湧き上がる涙を瞳に溜めつつ。
ひとりひとり。
最愛の母に対して最期の言葉を紡ぐ子供達。
その表情には先ほどまでの影は消え去っていた。
「いい大人の俺たちが、ガキンチョ共に慰められるなんてな・・・」
ため息。
流石は兼ねてから彼女が「自慢の子供達」といってただけはある。
その性根の強さには正直舌を巻くと共に、
『ああ・・・。このクソ真面目さは養母譲りかよ・・・』と
将来のご意見番(予備軍)に多少の不安を感じる・・・。
って、こんな時に不謹慎な想いだよな、ハハハ・・。
乾いた笑いと共に、胸に灯るは暖かな灯火。
進まねばならない・・。いかなる旅路であっても。
今だ幼き子供達を導くのは、彼女なき今、今や俺たちの役目・・・。
くるり、と。
彼女が引き取って育てた「自慢の」子供達と正面に向き合うと。
「よっし。おめーら!!村に咲いてるありったけの花をかき集めて来い!!
折角10年ぶりに・・・・と再会するんだ。思いっきり綺麗に送り出してやろうぜ!!」
「え?ええええ?」
貴重な植物である花を、実が結ぶ前に集めて来いと言うバットの命令に
誰しもが目を丸くし、驚いたが・・・・。
「あぁ?ウダウダぬかすヤツは無視しろ!俺が責任を取る!
ほれ、ぐずぐずすんな!!ノルマは一人3本だ!!!」
勢い良く続く彼の言葉に
「はいぃぃぃぃ!!!」
と部屋を飛び出す子供達。
残ったのは青年と、その伴侶。彼女の義妹、アスカ。
そしてマム。
「祈ろうぜ。皆で・・」
精一杯の笑顔を作って青年は言った。
「あの年の割には生意気な坊主どもと一緒によ・・・・。
マミヤさんが。マミヤさんが・・・・
・・・・・大事な人たちと天国で再会できるようにさ・・
俺たちで送り出してやろうじゃねーの!!
盛大にさ!!!!・」
その言葉に
リンは頷き。
アイリは嗚咽を漏らし。
アスカは背を伸ばし。
そしてマムは
にっこりと微笑んだ・・・・・。
村に咲く花という花を掻き集めて棺を彩る。
聞けば村人の誰一人として花を、貴重な植物を摘み取ることに
異論を発しなかったらしい。
むしろ進んで協力したという辺りに彼女の人徳が窺い知れる・・・・。
その対象を永遠に失ってしまった寂寥感に蝕まれるが
前に進むしかないのだ。
そして
死者の冥福を祈ること。
それが、この村に多大な功績を残した彼女への最大のたむけ・・
マミヤさん。
義姉さん。
お母さん。
ママ。
ああ
貴方を苦しめた病魔から
ようやく解放され。
最早貴方を縛り付けるモノはない。
ゆっくりと休んでください。
天国で。
貴方を待っている人に。
貴方の最愛の人に。
再会できますように。
どうか幸せに。
ゆっくりと休んでください。
棺を燃え攻める炎を眺めながら、
彼らは、等しく。
そう願った。
。
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