このクソアマ!!手間取らせやがって!!
ドサリ
肩に背負っていた女性を乱雑に投げだした巨体の男たちは、
鉄格子の鍵を閉めると、足音も荒々しくその場を立ち去る。
擦り傷や引っかき傷のついた腕を忌々しげにさすりつつ・・・・
薄暗く、かび臭い。窓もなく、一筋の光も差し込まぬ地下の監獄
不埒な欄入者を咎めるように数匹の鼠がその周囲を走り回るが、
すっかり意識を失っているのか、女性はピクリとも身動ぎしない。
ピチョン
ピチョン
ピチョン
古い配水管から漏れ出した水が空ろな音楽を奏でていた。
If tomorrow comes
う・・・
頬に当たった水の冷たさに、深い眠りから目を覚ますマミヤ。
何・・・?ここは?私は一体・・・?
途切れそうになる意識を手繰り寄せ。
混乱する記憶の糸を紐解きながら、必死に今の状況を纏めようとする。
ここは・・・・どこ?私はどうして、こんなところに?
父さんは?母さんは?コウは?村の皆はどこ?
しかし彼女の問いに答える者はなく、水の音が響き渡るのみ。
寒い・・・・。
震える身体を両腕で包み込み、身体を縮める。
寒い・・・・。寒い・・・・。寒くて仕方ない・・・。
ヒタヒタと襲い掛かる冷たさが容赦なく骨の髄まで凍えさせる。
ただ一箇所だけ。左肩だけが燃えるように熱い・・・・。
どうしてこんなに左肩が熱いんだろう?それに凄く痛い・・・・。
熱を帯び痛む肩におずおずと手を伸ばす。
破られた衣服。その奥にある爛れた肌。
これは傷?まるで火傷の様な・・・。
ビクリッ!!!
傷をなぞっていた指が止まる。
あ・・・・・・・・・・
視線を上げれば鉄格子
あ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
指を伸ばすと感じる。その冷たい、無慈悲な鉄の感触・・・
あ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
押してもビクともしない堅牢な監獄・・・
あ・・・・・
フラッシュバックする記憶の波
あ・・・・・・・・・・・
崩れ落ちる両親。降りかかる血の雨
ああああ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!
歪んだ微笑を浮かべる男。そして
ああああああああああああああ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!
真っ赤に燃えた・・・。
ああああああああああああああああああああああああああああ~!!!!!
肩の燃えるような痛みが私を現実にと引き戻した。
お母さん
お父さん
痛いよ
寒いよ
辛いよ
苦しいよ
お父さん、お母さん!!!!
助けて・・・・・!!!!
瞳を閉じれば、そこには優しい父の、母の笑顔が。
手を伸ばせば触れれんばかりの距離
お父さん、お母さん。そこにいたの?
寒いよう 冷たいよう 痛いよう
もう嫌だよう。
どうか私を抱きしめて!!
助けは乞うけれども、二人と自分の距離は決して縮むことない・・・。
泣きそうになりながら、必死で両親に向け手を伸ばす。が。
手を掴んだ、と思った瞬間。
全身から血を噴出し、無残に崩れ落ちる二人
変わり果てた両親の姿に呆然とする私の耳に聞こえる高笑い・・・。
これは誰の声? これは・・・・。
嘲笑うかのような恐ろしい声・・。
これは・・・
これはあの男の声・・・。
ぞくり、と悪寒が全身を貫く
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いよぅ!!
ダッ!!!
全力で逃げ出す私
背後から迫ってくるのは
焼印を手にした顔のない男たち。
高らかに笑うあの男、ユダ。
どんなに一生懸命走っても。
追いつかれる。囚われる。捕らえられる。
イヤ。止めて。お願い・・・!!!
誰か・・・。
助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて助けて 助けて 助けて 助けて
助けて 助けて 助けて 助けて 助けて助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて
助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて助けて 助けて 助けて 助けて
誰か・・・・・・!!
しかし・・・。
願いは叶うことなく・・・。
繰り返す見る悪夢にマミヤの精神は崩壊寸前だった。
~~~♪・・・・・♪
身をかがめて 膝を抱え、 冷たい床の上で微動だにせずマミヤはいた
身体は小刻みに振るえ、玉のような汗が額に浮かんでも 一切頓着せずに
遥か昔母から教わった子守唄を繰り返し口ずさんでいた・・・・。
~~~~~~♪・・♪・・・♪・・・・
自分が発狂寸前なことに気付きもせず、音階の狂った調子でマミヤは歌い続ける。
「ユダ様から近々お呼びがかかるだろう。お前も立場と言うものをいい加減弁えて観念するんだな」
ブツブツ呟く私を気味悪げに眺めた食事係の男
付き添ってやってきた小柄な男がこういった気がする。
ユダ・・・?あの男のこと?
観念するって?弁えるって何を?
イヤ・・・・。二度とあの男と会いたくはない。
そんな事ならいっそのこと!!!!
お父さん・・・。お母さん・・・。
ごめんね?こんな情けない娘で・・・。
でももう私・・・
耐えられそうにない・・・・。
お父さんとお母さんの側に行って良い?
全てを諦めて目を閉じかけたその時、
脳裡に浮かんだのはまだ幼き少年の顔・・・・。
コウ・・・・
そうだ・・・・。
もし
私がこのまま死んでしまったら・・・
あの子はどうなるの?
帰る筈もない私を あの村で待ち続けるの?
父も、母もいない、あの村で・・・・。
コウ・・・
気が弱くて、泣き虫で、人一倍甘えん坊な、でも可愛い私の弟。
たった一人、私に残された身内。
そして。
あの村・・・・。懐かしい村・・・。
お父さんが。お母さんが。 愛し、慈しみ、育ててきたあの村。
花が咲き乱れる場所に、希望を抱ける場所にと尽力してきた村。
あの村はどうなるの?
父さんが傷だらけになりながら守ってきた場所。
母さんが一生懸命に花を植えて緑溢れる土地にした。
長老が希望を説いた場所。
私が、そして 弟が。
過ごした場所、成長した場所。
笑っていた場所。
村の皆と。 共に苦難を乗り越え、あそこまで発展させた場所。
父さんと、母さんが創り上げた。荒廃した世の中のパラダイス・・・・。
いけない。
諦めるわけにはいかない。
逃げ出すことは出来ない。
父と母が残した遺産。
弟とあの村。
それを手放す訳にはいかない。諦める訳にはいかない。逃げ出す訳にはいかない。
冷たい床から身を起こすマミヤのその瞳には、先ほどにはなかった強い光が宿っていた。
そっと手を伸ばし、触れるは・・・。
いまだ痛む左肩・・・・・・・・・・・・。
この傷は一生癒えないであろうよ・・・
醜く捩れた傷跡を軽くなぞりながら、頭のどこかから聞こえる酷く冷静な声に一人頷く。
そうね。この傷は消えない。一生。
心に深く、深く、刻まれたのだから・・・。
私の望みは、希望は、未来は、全ては潰えた。
何も私には残されていない。
ただ、弟と村以外には。
正面の鉄格子を両手で握り締め揺らす。
ビクともしない。でも・・・・・
私は諦めない。
私は負けない。
絶対に。
コウは必ず守ってみせる。
私に残された唯一の身内を。
そして。
絶対にあの村に戻ってみせる。
父さんと母さんが愛したあの村にと。
柔らかな手のひらが擦り傷だらけになっても、血が滲んでも
打ち付ける拳が血まみれになっても。
流しても気にかけることなく、鉄格子を揺さぶり打ち続ける。
ここから逃れる術は、まだない。弟を、村を守る力も、まだない。
でも必ず。必ず!!
逃げない。
負けない。
くじけない。
もし、
もし、明日があるなら。
inspired by シドニィシェルダン 「明日があるなら」