「またかよ・・・・」



大きくため息をつくバット。
その視線の先には、ゴルゴダの丘で処刑されたナザレのイエスよろしく
十字架に架けられているレイの姿があった。



Un homme de paille 〜わらの男〜




「いい加減学習したらいいのによ・・・・。」

彼女の姿を探しながら村を歩き回りつつ、俺は独りごちた。








如何にその行いが。
外道で危険で無謀であるかということを。



幾度となく口に出し、諌めてきた自分であったが。





効果はナッシング。
返ってくるのはいつも同じ。









そう、先日もそうだった。
ニヒルな微笑みひとつ。





女であれば間違いなくボゥッとなるどこか愁いを帯びた笑み
斜め45度から繰り出される、必殺の流し目。


ところがどっこい、そんなものは俺にとってなんのありがたみもなかったけど。



「笑ってる場合じゃねえって。ほら、仏の顔も三度までっていうだろ?
あんたの場合、三度ドコロの話じゃねえしさぁ。
あんたが今まで事なきを得てるのは、ひとえにアイリさんの存在の賜物だぜ。
もう、ここらで改心して、こんなこと止めた方がいいって」



ああ・・・。親切感で言ってるのに。
全く、あんた。そのニヤニヤ笑い止めろよ・・・・。







「聞いてるのかよ?レイ。本当にやばいって、もう次は絶対ボコボ・・・」



俺の心からの助言はそこで遮られた。





「バット。よく聞け。愛する女のために生きてこそ漢!!
そして・・・。愛する女の愛に真摯に殉じてこそ漢!!!
どのような困難や壁が待ち構えていようとも。
俺はこの熱き想いに忠実に従うまで!!」



と。


俺の忠告を完璧無視して。
言葉どおり壁を飛び越えたレイ。



風呂場の壁を・・・・。







・・・・・・そして現在に至る・・・・。










ああ、いたいた。






目的の人物を漸く探し当てる。

その背を視界にとらえ、これから展開されるであろう話に少し緊張する。




正直こんな役割を自分が負いたくはない。
しかし、他に誰にも任せることは出来ない。



Love is allって感じの能天気な少女や、
アンチレイ派の長老を筆頭とした村人達。
破れたTシャツの調達にばかり気を配っているケンに、
『兄さん。こんなにやつれてしまって』と轟々と泣きながらも何にも手段を講じないアイリさん。



俺がやらなきゃ、誰がやる。
ってか俺がやらなきゃ、レイは餓死するか、ミイラになる。



背筋をピンッと伸ばし、可能な限りで軽い口調で呼びかけた。


「よっ、マミヤさん」





「あら?バット、どうしたの?」



俺の声に応じて、この村を統括するリーダーは振り向いた。







「ところでさー。もういいんじゃねえ?」


しばらく会話を展開させた後、本題を切り出す俺。


ん?なんのこと?

とばかりに小首を傾げるマミヤさん。




ああ。案の定忘れてたらしい。












「いや、だからさ。レイのことだけどよ・・・」










ああ、あのことね・・・・。

先ほどまでの表情を曇らせ、嫌そうに応えるマミヤさん。






「もう一週間になるしよ。いい加減許してやってもいいんじゃねえの?」





「ダメ」



俺の精一杯の言葉に対するマミヤさんの回答はすこぶる簡潔なモノだった。












「でもさ・・・」


なおも食い下がる俺に、更なる追撃が襲い掛かる。


「大丈夫よ。腐っても何斗水鳥拳伝承者でしょ。一・二週間じゃ死なないわよ」




って。もう既に3週間近く経過してるんですけど、オネーサン。






「でもなんかカラス集まってきてるぜ。ほら。見ろよ。あのカラス、レイの頭つついてるぜ」





俺が指差す遥か先にはレイの姿が・・・。
流石に飲み食いもせず20日以上が経過しているとあっては、微動だにしない。
うわぁ・・・。カラスどころかハゲタカまで集まってるぜ・・・・。










「はあ・・・。全く仕方ないわね・・・」





ため息ひとつ。吐き出された台詞に俺は心から安堵した。
嗚呼、良かった。本当に良かったぜ・・・。






「カラス除けにも使えないなんて・・・。これじゃあ、案山子の意味ないじゃない!!」





「・・・・・・!!!!!!」












驚愕する俺をよそに、ブツブツ文句を言い続けるマミヤさん。









「折角田んぼの側に立てたってのに。役に立たないんだったら、全く。」


・・・・・・・・・・・・・・


「カラスさえも追っ払えないんだったら雀にも効果はないわね。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「仕方ないわ・・・。いっそ明日の燃えるゴミの日に回収してもらいましょう」



















「いや・・・。燃えるゴミってのは違うだろ、流石によ」







何とか気力を振り絞っての俺の呟きが幸運にも彼女の耳に届いたのか・・・。

「・・・・・・・、そうね。そうかもね」





眉をひそめ、考え込むマミヤさん。








良かったな。レイ。ゴミ箱行きは免れたぜ・・・。






この位だけでも役に立てたか、と心中轟々と涙を流していると。






耳に飛び込んできた言葉・・・。


ってか、聞きたくなかった台詞。







「燃えないゴミかしら?」



愛する女に殉じた末に、燃えないゴミ扱い・・・。
繰り返されるセクハラの報復とはいえ、この結末・・・。




女って怖え・・・・





俺にとって一生のトラウマになりそうな発言をかましたマミヤさんだったが
硬直している俺には気付かず。





淡々と





燃えないごみの日をカレンダーで確認していた・・・・。









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