I do not like thee, Doctor Fell




俺はヤツが嫌いだ。
ヤツは俺を『親友』『友人』などというが、俺はヤツが嫌いだ。
どうしてなのかは、俺にも正直わからない。
しかし俺はヤツが嫌いだ。





馴れ馴れしく近寄ってくるヤツの姿を見るたびに

『そんなに俺を信用していいのか』

そう叫びたくなることがあった。





俺は南斗、貴様は北斗
相容れる筈もない。
それを貴様は分かっているのか?



今が平和は言え、それほど無防備な姿を晒して・・・・・








南斗と北斗の間で非公式に行われる組み手試合




俺の突きがきまり、周囲が『流石はシン様だ』とどよめくなか


「強くなったな、シン。俺もまだまだだ」


僅かに頬を綻ばせるヤツを見て
どうしようもない嫌悪感が俺に襲い掛かった。





「伝承者に決まったそうだな」


大木の陰で隠れるように一人立っていたヤツの姿が視界に入り、
少し逡巡したが、一応は昔馴染みだ。



近寄って祝いの言葉を手向けようとした時。






「俺は暗殺拳を継ぐ気はない」

めでたく伝承者の座を得たはずのヤツが
開口一番に吐いた台詞がそれだった。









「幼き頃は拳の修行に必死だった。己が生きるために。そして俺を導いてくれる人のために」



「しかし今では。疑問に思うときがあるのだ。




果たして俺の拳は。何を生み出すのだろうと・・・・」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「北斗神拳は暗殺拳。人を殺める拳。他を打ち砕く拳。
しかしその後に生まれるは。

悲しみ。
怒り。
涙。

それらは人は闘いの螺旋にと突き落とす。





この拳が生み出すものは・・・・。

憎しみだけか?

怒りだけか?

涙だけか?


そして悲しみだけなのか?」






握り締めた拳を宙に浮かしたまま、苦悶の表情を浮かべるケンシロウ。




「あるいは、他の道があるのではないか・・・・。
例えばトキが選択したように・・・・。他の道が・・・・・・」






頭を垂れたまま、力なく呟くケンシロウ・・・・。









なんと言うヤツだ・・・





貴様。


気付いてないのか?







貴様は

貴様のその言葉は






貴様自身のみならず。






俺たち(拳に生きるもの)





行く道を、
  想いを、
    生き様を





否定しているということを・・・。





「シン・・・・。すまん」




気がつけば闇が侵食しているこの部屋。




薄々予測はしていたとはいえ、降りかかってきた凶報。

ただ呆然と立ちすくんでいた俺は不覚にもヤツの気配を感じ取れなかった。









内心の動揺を隠しつつ、平然の態を装い口を開く。


「何のことだ」










「すまん」



何の釈明も、言い訳も述べずに


ただただ

謝罪の言葉を述べるケンシロウ





 「何のことだか分からんな。
他に用がないのならば去れ。俺はお前などの相手をしているほど暇ではない」





バルコニーに背を向けたまま振り返ろうとしない俺の背に



ひとつ



軽い礼をすると









ケンシロウは去っていった・・・・・・・。







俺はヤツが嫌いだ。
ヤツは俺を『親友』『友人』などというが、俺はヤツが嫌いだ。
どうしてなのかは、俺にも正直わからない。
しかし俺はヤツが嫌いだ。





否。



本当は




分かっている。







敵であるかも知れない者の懐に、スルリ、とはいりこむあの無防備さ。

勝負に負けたのに微笑を浮かべるヤツ。

強きものであらんとする我らへの、その存在意義である「強さ」へ懐疑の言葉。









そして

俺へ送った





あの言葉・・・・・








お前にだけは言われたくなかった。


お前にだけは・・・・。






『彼女が俺ではなくお前を選んだ』





そのことに対する謝罪の言葉など・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。













子供っぽい感情だとは分かっている。







だがしかし。














日が落ちてすっかり暗闇が支配する部屋





「俺はお前が嫌いだ」






低い呟きが吐き出された









I do not like thee, Doctor Fell,
フェル先生 ぼくはあなたがきらいです

The reason why I cannot tell;
どうしてなのかは分かりません

But this I know, and know full well
でもやっぱりどうしても

I do not like thee, Doctor Fell.
フェル先生 貴方が嫌いなんで


               マザーグースより



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