世紀末xxxx年2月14日


今日も平和なこの村は
いつもと変わらぬ一日を迎えようとしていた。
一人蒼褪める男を除いて・・・


バレンタインDayは命がけ


ふんふふ〜ん

鼻歌を歌いながら、台所で鍋を握り締めるマミヤ。



常の戦闘服ではなくエプロン姿の彼女は、それはそれは愛らしかった。
彼女にぞっこんなレイのみならず、それは万人が認めるであろうところ。
しかも自分の為に料理をしてくれるというのだから、愛おしさ倍増!さらにドン!!


ただし、それは・・・


異臭を放っている鍋の存在を忘れられたら・・・
その中身を、これから胃に収めないといけないという運命に目をつぶることが出来たなら・・・

きっと。

レイの幸せはMAXだったに違いない。
「お前の料理よりもお前が食いたいー!」と暴走していたかもしれない。

しかし、今の彼はそれどころではなかったのだ・・・。


ボコリっ・・・プップッブ・・・グシャッ、ギュェ〜

コンロで熱せられた鍋の中身が、不気味な音と臭いと泡を生み出す・・・
黒なのか、茶色なのか、灰色なのか。もはら色さえも識別できない。
強火で焦げたのか、もくもくと煙まで立ち込めてきた。
例えるなら、そう
御伽噺で魔女が作ってる怪しい魔法の薬・・


もはや食べ物といえるのか?というレベルの物質を
マミヤは楽しそうに大きなへらで持ってかき混ぜていた。
とても楽しそうに・・・



「お前の微笑こそが、俺の幸せ」
「愛とは究極の自己犠牲」
「成せばなる、成さねばならぬ。何事も・・・」
「食うは一時の苦痛。食わねば『実家に帰らせてもらいます』攻撃・・・」


ブツブツと、レイは繰り返し、繰り返し。
心の中で唱えていた・・・・。

逃げ出しそうになる自分を
奮い立たせる為に、説得させる為に、覚悟を決めさせる為に・・・。


「さあ、出来たわよ!いっぱい食べてね」


テーブルに置かれるは、皿に盛られた、・・・。ナンダコリャ。
生まれて初めて見るぞ、こんなもの。
まさかこれじゃないよな?これを食うんじゃないよな。

問いかけるように(半ば哀願する様子で)マミヤを無言で見つめると・・・



「一生懸命に作ったの。口に合えばいいんだけど・・・」

こころもち頬を赤くして、少し俯きつつ呟くマミヤ。


うっ!可愛い!って今はそれどころじゃない。
やはりこれを食うのか・・・。

「レイ?」


固まってるレイを不審に思ったのか、マミヤが不安げに問いかける。

「どうしたの?もしかしてチョコレートって嫌いだったの?」

「い、いや。そんなことはない!!!」

弾かれた様に答えつつ、どこか冷静に考えた。
『ああ、これってチョコレートだったのか・・・』と。


にこにこにこにこ


嬉しそうにレイを見つめるマミヤの瞳。
それはただ一言を告げていた。そうとても残酷なメッセージを。

さあ、食え!

と・・・。


レイは逃れられない己の運命に、神に対して呪いの言葉を吐き出したが・・・
しかし、彼も自分の役目を知っていた。
食うしかない、それしか選択肢が残されていないことは分かっていた。
しかし!!!

それでも被害の縮小化を図ろうと

「そうだ、こんな美味そうなモノ、俺一人が食べては申し訳ない。
どうだ、村の皆におすそ分けというのは・・・」

普段ならばどれほどまずい飯でも平らげるレイであったが。
目の前の物質は危険だ、昇天する・・・
本能レベルでソレを察知した彼はそう提案する。


そうだ。
こうなったら、皿の上のコレを少しでも減らすことを最優先に考えよう。
あのイモじじいや他の村の奴らにも負担してもらおうではないか。
少し気の毒な気がするが、背に腹は変えられぬ。
第一マミヤの料理の腕がここまで壊滅的なモノになる前に、
周囲の人間はなんらかの手段を講じておくべきであったのだ。
そうだ、そうだ。それがいい。



レイの目の前に現れた一筋の光は。

「ああ、みんなチョコレート嫌いらしいのよ。食べないんだって」

その言葉であっさりと消え去った。



成る程・・・。チョコレート嫌いってか・・・・。

痛いほど村人達の意図を察知するレイ。

悔しいというよりも、敵ながら天晴れといったところだ。
よく理解している。マミヤの手料理がいかに危険なモノであるということを・・・。



食べて、と目で促すマミヤ。
乾いた笑みを(なんとか)浮かべるレイ。

ああ、死兆星が俺の頭上に輝いているのが分かる。
トキの秘孔でもってしても、このダメージは回復させることは出来まい。
アイリ・・・。先に逝く兄さんを許せ・・・


しかし、俺は南斗水鳥拳伝承者、義の星の漢、レイ。

愛する女が俺の為に作ってくれたモノを食えずして、漢といえるか。


・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

覚悟はきまった。


マミヤ・・・、どこまでも料理がへたくそな女よ。
ならば一人くらい、お前の手料理を平らげる男がいてもよい・・・




レイは皿の上の物体をひとかけら、細い指でつまむと。
臆することなく口に入れた・・・・



遠くで狼が遠吠えし・・・
カラスが一気に飛び去った。


「ど、どうかしら?」

頬を紅潮させて問いかけるマミヤ。



「・・・ウマイゾ」

答えるレイ。
その顔色は蒼白を通り越して、どす黒くなっている。



「ああ、本当?私頑張ったの。嬉しい!!」

ぴょんぴょんとジャンプして喜びを全身で表現するマミヤ。

「料理ってあんまり得意じゃないから。でもせめてバレンタインデー位はって。
本当?美味しい?」

「アア。ナカナカイケテル・・・」

次々につまんでは口に放り込んでいくレイ。
その表情も、動きも、口調も。
全てがどこか機械的で・・・。


黙々と平らげるレイの姿を幸せそうに眺めつつ。

「やっぱり昆布でダシをとったのが良かったのね・・・」

呟くマミヤ。



普段の彼であれば、
「昆布でダシをとるって!!」
とツッコミを入れるところだが。


流石に今回はそんな余裕などなく。


「ソウカ、イロイロシテクレタノダナ・・・レイヲイウ。マミヤ・・・」



ただそう吐き出すのがいっぱいだった。




その日以降、レイの姿はしばし村から消えた・・・





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